「では、もう日も傾いてきましたし、町に行きましょう」


 周囲はまだ十分明るいけれど、あと一時間もすれば、日が暮れてしまうだろう。努めて明るい声でリエトに言うと、彼は一も二もなくうなずいた。


「ああ。ありがとう、恩に着る」

「いえいえ。これも何かの縁ですし、ほっとくわけにもいかないですから、気にしないでください」


 そうして、二人は肩を並べて歩き始めた。

 背が高いリエトは足も長い。けれど、小柄なアイナのスピードに合わせてくれているようだ。その何気ない気遣いが、どこかくすぐったくて落ち着かない気分になる。

 ふと、リエトが首を傾けてアイナを見やった。


「お前がガイドをしてるっていうのは本当か? ずいぶん子供っぽく見えるな」


 悪気はないのだろうが、失礼な物言いにアイナは苦笑する。そもそも、小柄で幼げな容姿をしている自覚はあった。


「まあ、そうですね。ガイドと言ってもアルバイトなんです。まだ学生ですから」

「そうか、フォルテックには国立学校があるんだったな。何歳になる?」

「十六になります」

「俺より五歳も下か。年の割にしっかりしているんだな」


 リエトは感心したように言った。アイナの五歳上ということは、リエトの年は二十一か。


「そんなことないですよ。年相応だと思いますけど」

「そう言うところが大人びてると思うぞ」

「そうかなあ……。リエトさんは何歳の時に冒険者になったんですか?」


 アイナが問うと、リエトの表情がわずかに陰った。


「……お前と同じ年、十六の時だな……確か」


 噛み締めるような言葉に、アイナはぱちぱちとまばたきをする。少し含んだような物言いだけれど、もう少し聞いてみたくて、つい問いを重ねてしまう。


「そうですか。何のために冒険者になったんですか?」

「……探し物をしている」

「トレジャーハンターですか!」


 それは冒険者の中でも、メジャーなジャンルだろう。

 廃墟や遺跡から隠された財宝や遺物を引き上げたり、山や海へ赴いて鉱物や自然遺構を探したり。歴史上の人物が残した手紙や手記、書、絵画、美術品や工芸品を探索する者もいる。収集家は世の中にたくさんいるため、当たれば大きいし、何よりロマンを求める冒険者に非常に人気があった。

 そのほか、魔物や魔獣、盗賊の討伐などを主にする者もいれば、変わったところでは高級食材だけを採取する冒険者もいるらしい。

 けれど、リエトは肩をすくめて見せただけだ。


「別にそれだけやってるわけでもない。モンスターハンターもやるし、頼まれれば護衛もやる。何でもアリだ。食うためならえり好みはしない主義なんだ」


 そよぐ風に、さわさわと葉擦れの音が聞こえる。鳥の声は大分少なくなってきて、代わりに涼しくなってきたからか、夕刻に騒がしくなる虫の声が聞こえ始めていた。


「リエトさん、フォルテックは初めてですか?」

「ああ。交易が盛んで、いろいろな国の人や情報が集まる街だと聞いている。探し物の手がかりがつかめるかもしれなくて、来てみたんだ。知人にも会っておきたくてな」


 アイナの住む町・フォルテックは、交通の要所として知られる、交易が盛んな地方都市だ。町を中心に、東西に大きな街道が伸びていて、様々な人や物が集まり、また各地に散っていく。

 それだけに異国情緒があり、にぎやかで陽気なところだとアイナは思う。


「そうですか。それじゃあ、しばらくいるんですか?」

「ああ。いつまでとは決めてないが、当分ここを拠点にしようかと思っている」

「なるほど。では、ぜひギルドにも来てくださいね! 護衛のお仕事もいくつか紹介できると思いますので」

「営業がうまいな、君は」

「ふふっ」


 アイナが笑って舌を出すと、リエトも小さく笑う。

 行き倒れていたところを発見したこともあって、第一印象は手がかかる人なのかもと思ったけれど、彼との出会いは悪くないかもしれないと、アイナは思い始めていた。


「ところで、君はフォルテックのギルドでバイトをしてるのか?」

「そうです。ツアーガイド部の所属ですけど、正確にはガイドじゃなくて受付なんです」

「受付なのにガイドもするのか?」

「両親が冒険者でして、十四まで一緒に旅をしていたので、ガイド資格も持ってます。平日は受付だけだし、基本的にガイドが全員出払って手が足りない時だけですよ」

「なるほど」


 幼少時から、冒険者だった両親とともに様々な国を渡り歩いてきたアイナだが、両親の「高等学園には通わせる」という方針で、寮付きの国立学校のあるフォルテックに一人で住み始めて二年がたつ。

 両親と弟はいまだにどこかの国を旅していて、一週間に一度鳥型の使役獣がアイナの元に手紙を送ってくるのだ。

 そんなアイナは、昼間は学校に通いながら、夕方と休日にギルドでアルバイトをしている。


「フォルテックのギルドは、ずいぶんと規模が大きいと聞く。どんなところなんだ?」

「いわゆる『シティギルド』になりますね」

「シティギルドか。王都メガリスのシティギルドなら見たことがある。三棟の建物が連なって、城の次にデカい建物だった」

「さすがにあそこまでの規模はありませんけど、フォルテックのギルドも大きいですよ」


シティギルドとは、冒険者ギルド、商人ギルド、職人ギルドなどの各種ギルドや金融機関が集まった複合ギルドのことだ。それぞれに仕事の依頼・仲介・あっせんや販路の提供、資金の貸付などを行っている。

 その性質上、病院も持っているし、葬儀も執り行う。まさに「ゆりかごから墓場まで」を実践する巨大組織だ。


 その中のツアーガイド部がアイナの所属先だ。

 ツアーガイド部と一口に言ってもその仕事は幅広く、旅の企画、ガイドのほかに、旅行や商隊の道中の護衛のあっせんや、冒険者向けにパーティを組んで狩りのガイドをしたり、遺跡やダンジョンの調査に同行してマッピング作業をしたりと、様々な活動を行っている。


「あ、見えてきましたね。あれがフォルテックの町です」


 交易が盛んな町だけあって、出入りのチェックはそれなりに厳しい。王都ほどではないにしろ、頑丈な石壁が町を囲み、堅牢な門には衛兵がいる。門の中には通行許可証を確認するゲートがあり、リエトのような冒険者や商人は必ずここで身分を照会し、町に入る手続きをしなければならなかった。

 アイナは住人なので、身分証の提示だけでゲートを通過し、少し離れたところでリエトを待つ。ほどなく、ゲートを通過したリエトがやってきた。獣ももれなく足元についてきている。


「待たせたな」

「いいえ、そんなには。……改めて、フォルテックの町へようこそ。歓迎します」


にこりと笑ってアイナが片手を差し出すと、戸惑ったようにその手を見たリエトが小さく笑った。


「ありがとう」


 握手をした手は、大きくて硬い。アイナより少し高い熱がじわりと沁み込むようで、アイナの心臓がドキリと跳ねた。

 彼は興味深そうに、あちこちに視線を投げている。初めての町に興味津々なのが、見ていて分かった。せっかく知り合ったのだし、このまま別れてしまうのがもったいなくて、おせっかいかとは思いながら、アイナはつい声をかける。


「あの、リエトさんさえ良ければ、行きたいところに案内しますけど」


 そう言ったとたん、リエトがパッと振り返った。


「じゃあ、どこか手ごろな宿を知っていたら紹介してもらえないか?」


 困ったように頭をかくリエトに、アイナは飛び切りの営業スマイルを見せた。


「それなら! フォルテックのシティギルド、ツアーガイド部にお任せください! 提携している宿がありますから、おすすめをご紹介しますよ!」

「……さすが、抜かりないな……」


 アイナの淀みない営業トークに、商売熱心なことだとリエトは苦笑する。


「明日、ギルドにいらっしゃるんでしょう? 場所もご案内しますから、一緒に行きましょう!」

「君がそう言うなら、甘えるとするか」


 畳み掛けたアイナに笑って、リエトはうなずいた。


「はい! お任せください!」


 リエトは土地勘がない。フォルテックの町は広いし、宿もたくさんある中で、そこそこいい宿を一発で探し当てるのはなかなか難しい。だから、私が助けてあげないと。


「あ、でも、この時間だと人が多いんですよね。獣ちゃん、危なくないですか? ご飯とかも……」


 足元の小さな存在を放っておくわけにはいかない。リエトが獣をよく思っていないことはわかっているけれど、庇護欲が勝っておずおずと言うと、彼の目元が少し険しくなった。


「宿の部屋に入れたことはない。飯をどうしてるのかも知らない。その辺でネズミでも食ってるんじゃないのか? いずれにしても、俺にはどうでもいい」


 白い獣は、ずっとリエトの足元にいる。けれど、相変わらず彼の獣に対する態度は冷淡だ。事情はあるのかもしれないが、放っておけないアイナは、獣にそっと手を伸ばす。


「獣ちゃん、ここは人が多くて危ないから、私と一緒に行かない?」


 顔をしかめるリエトを、アイナはちらりと見ただけで無視した。

 獣は、アイナがのばした手を、首をかしげてぱちぱちとまばたきしながら見た。やがてその手をするりと上り、素直に彼女の肩の上におさまったのだ。それを見て目を丸くしたのはリエトだった。


「他人に慣れたことなどないんだが……。珍しいこともあるもんだな」


 その言葉に、今度はアイナの方があいまいに笑っただけだった。

 ……こうしてなついてくれてはいるが、それだけだ。この獣には、ちゃんと主がいる。

 どんなに冷たくても、無視されても、触れてくれなくても、認めてくれなくても。

 獣の主は、ただ一人なのだ。

 ふと影が差した気分を振り切るように、アイナは明るい声を上げた。


「じゃあ、行きましょうか」


 そうして、二人は町の中心部にあるギルドに向かった。

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