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「リエトさん、お待たせしました!」

「終わったのか」

「はい、なんとか。では、こちらがギルドと提携している宿の一覧です」


 そして、アイナはギルドと提携している宿のファイルを取り出した。手ごろな値段のところをいくつか見繕ってページをめくっていく。


「宿の希望はありますか? お値段とか、ご飯がおいしいとか、部屋が広いとか」

「値段は高くても安くてもいい。食事は量が食えればそれで。味はさほど気にしない。ベッドは広い方がいいな」

「リエトさん、体大きいですもんね。でしたら、ここなんかどうでしょう。部屋は狭いですけどベッドは大きめ、大浴場があっていつでも利用できます。食事は家庭料理中心で、ボリュームがあっておいしいですよ」

「じゃあそこでいい」


 アイナの説明を聞いてファイルも見ずにうなずいたリエトに、今度はアイナがびっくりする。

「えっ、いいんですか? ほかにもいろいろありますよ? 見るだけ見た方が……」

「アイナがすすめてくれるならいい。そこに決める」


 断言されて、アイナは頬が熱くなる。信用してもらえてうれしいような、恥ずかしいような複雑な気持ちできゅっと唇を噛んだ。


「あ、ありがとうございます。えと、じゃあ、空き室があるので、紹介状作ります。何泊されますか?」

「とりあえず一週間」

「わかりました」


 提携先の宿とは、ギルドが毎日一定の部屋数を押さえていて、ツアーガイド部で受付をすると埋まっていくシステムだ。アイナは宿の紹介状を作り、リエトに渡す。


「宿まではここに書いてある地図のとおりに行けば着きますから」


 そう言ってアイナが示したのは、紹介状の下に描き込まれている簡単な地図だった。

 ギルドを出て大通りをまっすぐ進み、大きな雑貨店を曲がってすぐだ。ギルドにほど近い場所でもあり、複雑な道順ではない。案内図も、子供でも分かるように作られている。

 それなのに。

 リエトはなぜか顔をしかめてその地図を眺める。そして、大きくため息をつくと、紹介状を畳んでカバンにしまった。


「アイナ、仕事は何時に終わる?」

「今日はガイド上がりなので、後は日報を出したら終わりですけど……」

「悪いが、宿まで連れて行ってくれないか?」


 若干苦渋の雰囲気を漂わせるリエトに、アイナはここまでの道中でうすうす感じていた疑念が確信に変わっていくのを感じていた。


「ええ、まあ……かまいませんけど」

「じゃあ、ここで待ってる」

「わかりました」


 再び待合のソファにリエトを待たせ、アイナは受付の後ろの席で日報の記入に取りかかった。そのすぐ前の受付に座って、そわそわと落ち着かなげにリエトの方をうかがうミーリスの姿に苦笑する。

 彼女はとてもいい人なのだけれど……どうも男性に弱い。それも、リエトのように少し影があるというか、訳ありな男性に興味を引かれやすい。そして、しょっちゅう振られたと言ってアイナを食事に連れ出しては管を巻くのだ。


 まあでも、今回は致し方ない。何しろ、リエトは十人が十人振り返るくらいの美形だ。ミーリスじゃなくても、きっと気になって仕事どころじゃなくなるだろう。

 日報を提出し、帰り支度を済ませるまで約十分。アイナはカウンターを出て、リエトのところに向かう。


「すみません、お待たせしました」

「いや、俺が無理を言っただけだ。気にするな」


 そう言ってリエトが立ち上がった。


「お先に失礼します。ミーリスさん、また明日」


 声をかけると、カウンターの奥でミネルヴァがひらりと手を振った。ミーリスはリエトが立ち去るのを残念そうに見送り、「お疲れ様。また明日ね」と笑って手を振った。

 二人で階段を下り、ギルドの入り口まで来たところで、アイナはぴたりと足を止めた。

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