12
「アイナ?」
急なアイナの行動に、リエトがいぶかしげに見る。それに構わず、アイナは片手を差し出した。
「出してください」
「何を?」
「さっきの、紹介状」
「紹介状?」
「早く!」
「あ、ああ」
いきなり強く詰め寄られて、リエトは戸惑いながらもそれを差し出した。
それを広げたアイナが、『はい』とリエトにそれを返す。
「な、なんだ?」
わけがわからないといった顔で、広げた紹介状を手にしたリエトに、アイナはにっこりと笑った。
「では、出発しましょうか。宿は、ここを出て一つ角を曲がるだけです。簡単でしょ? どっちに行けばいいですか?」
そう言った途端、リエトは思いっきり眉間にしわを刻んで、紹介状に描いた地図をまるで親の仇のように睨みつけた。顔を上げて左をみて、右を見て、また地図に視線を落とし、上下をひっくり返したりしている。
「リエトさん?」
声をかけると、リエトは何食わぬ顔で紹介状を畳み、歩き出した。
「こっちだ」
そう言って、ギルドの門を出て左に曲がる。……と、アイナは足を止めてため息をついた。
「リエトさん、……もしかしなくても、地図、読めませんか?」
リエトの背中がわかりやすくぎくりと跳ね、足が止まる。
「宿はあっちです」
アイナが指差したのは、門を出て右の方。
リエトがそれを聞いて、振り返った。真面目な顔を作ってはいるが、眉がぴくぴくしている。
「いや、あそこの屋台をのぞいてから行こうかと思っていたんだ」
指差した先には、確かにおいしそうなにおいを放つ屋台があるけれど。
「さっきの地図、逆さに見てましたけど」
「……っ」
こんどはぴく、と口の端が引きつった。
「というか、リエトさん。あなた、方向音痴でしょう?」
アイナのジト目を伴う問いかけに、リエトは憤然と反論してきた。
「馬鹿な! 冒険者たる者、そのくらいのスキルはある! 目的地にたどり着けずにのたれ死んだりしてみろ、いい笑いものだ!」
「のたれ死にかけてたくせに」
「うっ!」
アイナの容赦ない一言に、リエトは刺痛いところを突かれたような顔をする。
「ていうか、獣ちゃんは絶対道わかってたと思いますけど。それなのに違う道に入って、迷いに迷ってあそこで力尽きたんじゃないんですか?」
「ううっ!」
間違いなく図星だろう。彼は言い返せずにうめくだけだ。
「で、この小さな子供でも分かるように描いてある地図が読めないから、私に道案内を頼んだ……と」
「うう……っ」
畳みかけるようなアイナのツッコミに、ついにリエトはふてくされてそっぽを向いた。
アイナは呆れたように腰に両手をあてて、ため息をつく。
「なんで黙ってたんですか。そう言えばいいのに」
「……だろうが」
「はい?」
ぼそりとつぶやいた声を聞き取れずに聞き返すと、リエトは屈辱にまみれた顔をぱっと上げた。若干、アイナが引くくらいの勢いで。
「かっこ悪いだろう、冒険者なのに方向音痴だなどと! そうそう言えるか!」
「まあそうですよね。なんでそんなんで冒険者になろうと思ったんですか」
「それは君には関係ない」
すっとリエトの表情が硬くなり、それまでのやり取りが噓のように彼の周囲の空気が張り詰める。
「俺には俺の願いがあってそのために冒険者になった。それを他人にとやかく言われる筋合いはない」
「……あ」
アイナは、自分がリエトの核心に不用意に触れたのを知る。ばつの悪さと不躾な自分への恥ずかしさに、耳が熱くなる。
「第一、誰にも迷惑をかけているわけでもない。ほっといてくれ」
けれど、そのリエトの一言には、今度はアイナの何かがぷちんと切れた。しんなりとしかけていた感情を再び燃え上がらせながら、アイナは憤然とリエトに詰め寄った。
「ちょっと! とやかく言ったのは悪いと思いますけど、迷惑なら充分かけられましたけど!? あんなところでお腹すかせてぶっ倒れているまでは、確かに迷惑でもなんでもないです。でも、あなた私のホットドック勝手に食べましたよね!? たまの機会にしか食べられないあの宿の味を私がどれだけ楽しみにしてたか、あなたわからないでしょう!!」
突然の剣幕に、ぎょっとしたリエトがたじたじになる。
「いや、だからそれはあやまっ……」
「謝って済む問題じゃありません!」
「だけど俺は死にかけて……」
「自業自得! 自分から迷いに行ったようなもんです!」
「わざとじゃな」
「後で絶対返してもらいますからね! 食べ物の恨みは恐ろしいんですよ!」
「うう……くそ、わかった……」
逆にふんっと鼻息荒く言い切られて、リエトの方が屈辱に肩を震わせる羽目になった。
「わかってくれたならいいです。じゃあ、行きましょう」
「ああ……」
リエトの様子に満足そうに笑い、アイナは意気揚々と歩き出した。
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