第16話 話しかけてしもとった

 網戸開けたわしに逃げ腰になったけど。

 それでも。

 ちょこんて座って。

 硬い地面に。

 何度も。




 ふみふみーふみふみーしよんねや。




 わし、知っとる。

 あれは、お乳飲む時やんねん。

 ホンマはお母ちゃんのあったかいお乳、腹いっぱい吸う時やんねん。


 せやのに、あんな硬いとこで。

 鳴きながら。

 何度も。


 ふみふみー、ふみふみー、て。






 切ないがな。






 何でもええから、何か言うてやりたあて。

 せやけど、母親どころか猫ですらないわしの声なんぞ、何の足しにもならへんやないか。


 背ぇ向けた。

 台所に行って、チンしたミルク指突っ込んでかき混ぜて、窓から裸足で一歩、手ぇ伸ばして出来るだけ向こうに置いたった。






「ちっさいな」


 中に入ったわしの横来て、小さい声で息子が言うた。




 ちっさいねやて、わしは答えた。




「飼うん」


 息子が聞いた。




 答えようとして、わしは息を止めた。




 子猫が、ミルクに近づいたんや。


 そおっと。

 ゆっくり。


 ほんで――




 飲んだ。




 わしの前で。

 わしが見とっても。




 飲んだ。




「お前――


 衣ぃはらんか。毛ぇあるか。

 食は毎日、必要やろが。

 住もあったら安心ちゃうか。

 せやからな。


 ――こっち、来ぇへんか」


 わし、話しかけてしもとった。

 何の足しにもならん声で。

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