第17話 床に置きながら下がっていった

 前右足、出す。

 前左足、出す。

 後ろ右足出んと、前左足戻す。


 鳴く。




 前左足、出す。

 後ろ右足、出す。

 後ろ左足出んと、前右足戻す。


 鳴く。




「来たいんかな」


 息子の声がした。




 動物と話出来でける人間がおる。

 昔、飲み屋で聞いた話が頭に浮かんだ。

 そんな奴おるかアホて、わしはわろとった。

 しゃあけど、ホンマやったら。

 ホンマに話せる奴がおんねやったら、ほんなら。

 出来たりしてもおかしないんか。




 わしにも――




 とか、かすれた鳴き声が何て言うてるか全く分からんのに本気で思うほど、わしの頭はボケてへん。


 せやけど、分かるやんけ。

 あの妙な足取りで。

 息子にも伝わったやんけ。


 わしは、無理やり捕まえてまで飼いたぁはない。


 子猫は来ようとしとる。

 自分で選ぼうとしとる。


 せやったら。




「投げぇ。一個ずつ。向こうから順に、こっちまで」


 台所から持って来たカリカリの餌の袋、元内野手の息子に渡した。






 ポイ。


 ポイ。


 ポイ。




 ええとこに投げよる。




 子猫は、最初ビビったもんの逃げずに目で追うとる。




「こすい」


 何や聞こえた気ぃするけど、振り向いてられへん。

 子猫が近づいて――


 食うた!


 また近づいて――


 食うた!




 袋ひったくって息子を後ろに引っ張って、一個ずつ、わし、床に置きながら下がっていった。


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