テロは悪である。そう言ってしまえば簡単なことだ。理由のない殺戮はあってはならない、人を人とも思わぬ残虐な行いを許してはならない、無関係の人を巻き込むような大量虐殺は非人道的である。この話を読む前のぼくは、こんな感情でいた。テロリストは悪であり、即刻排除されるべきだと。だから彼らが抱いているかもしれない傷ついた心や、奪われたもののことなど考えもしなかった。けれど、これを読んで、その風景や人々の苦しみを知って思ったのだ。優しさが、痛みが、銃を待たせ、やり場のない怒りが復讐の刃に変わってしまうかもしれない現実を、その重みを……
ぼくたちがその痛みを少しでも知ることができたなら、奪われたものの大きさを少しでも分かることができたなら、明日という未来を変えられるかもしれない。悲しみの連鎖を緩めることができるかもしれない。そんな願いがこもっているように思われた物語。リアリティと共に、届け、あなたのその胸に!!
物語はシリアのアレッポから始まる。空爆によって大切な弟を失った兄のエルシュカの復讐の誓いから、この現実に即した物語は始まるのだ。
これは現実のテロリズムを描いたフィクションであり、僕たちが明日にでも遭遇するかもしれない9・11後の可能性の一つだ。
IS(イスラム国)のテロの手口や、組織の在り方などを分りやすく解説しながら物語は進み、そのガイド役たる主人公は、闇ブローカーで仲介屋のイザという男性。不法滞在者でもある彼のアウトローな視点で、緊張感のあるシーンが紡がれていく。彼はひょんな頼まれ事から消えた金の行方を追いはじめ――香港、イタリア、ロシアと各地を回る。その先々で出会いやトラブル、そして事件があり、アウトローな彼の心にも変化が現れていく。
最終的な舞台となる航空機の中でのやり取りは、ものすごく現代的で現在的であり、すさまじいリアリティをもって僕たちに迫ってくる。明日、我々の乗る航空機のどれかが、そうなってもおかしくはないと思わせる描写の数々が襲い掛かる。
作者は9・11同時多発テロの際に、唯一目標に達しなかった航空機『ユナイテッド93』の辿らなかった未来を描きたかったと語ったが、それは成功していたと思う。ヒーローもヒロインもいないアウトローによるテロとの戦いを――ぜひとも多くの人に読んでもらいたいと思う。
そして、9.11後の世界の行く末を案じてほしい。
シリア情勢、ISやマフィアの暗躍、戦闘。破壊される街と命を奪われる人々。
今、日本に住んでいる我々には遠い国の出来事で、近づかなければ関わることのない、まさに物語のような現実です。
それをとてもリアルに、身近に感じさせるこの作品は、これらの問題を我がことのように考えさせてくれます。
それだけではなく、エンターテイメントとしての役割も十分に果たしており、特に、タイトルの意味を理解できてからのクライマックスは目が離せません。
それは、登場人物達に十分に感情移入できるからであり、主人公だけでなく、たまたま飛行機に乗り合わせていた人々も誰一人欠けることなく助かってほしい、と強く願わない人はいないでしょう。
それほどまでに魅力的に人物が描かれ、ハラハラさせる展開で心をひきつけるのです。
現実世界で起こっていることは、どんな物語より激しく、残酷で・・・風来坊然としたその男の瞳孔が暗示するものは歩んできた人生の壮絶さ。
決してそれは悪に導かれた訳ではなく、普通に生きているだけでそこに追い込まれる人達がいる。それがありのままの現実なのでしょう。
麻薬と武器の売買に手を染めた男は少年のような無邪気さを持ち合わせ、ISISに身を投じた男は弟思いの優しい青年・・・
圧倒的な知識量で再現された作品世界はそこに住む人々の吸う空気までを映し出し、人間がそれぞれ今の生き方に辿り着く過程は決して机上の論理でその善悪を判断できるものではないことを教えてくれます。
仕掛けられた陰謀は今まさに潜入中の何者かが考案の最中であってもおかしくないほど練り込まれており、それを阻止せんとする者たちとの高度な駆け引きが極上のスリルを伴ってグイグイと読者を引き込んでいく・・・そのプロットの精巧さに畏敬の念を抱かずにはいられません。
現実を生きる者たちをいよいよの場面で奮い立たせるのは、あるいは踏みとどまらせるのは、善悪についての賢しげな説法ではなく、人と人との絆であり、愛であり・・・
現実の世界情勢をリアルに描いた作品が作者の国際論の投影と化すのはよくある話ですが、あくまで議論でなく出来事をベースに展開するこの物語はそのような押し付けが一切なく、それぞれにとって大切な人の為に万事を尽くすことがいかに大切かを教えてくれている気がします。
圧倒的リアリズムと伝奇ファンタジーを高水準で昇華させる見事な手腕は別作にて大いに唸らされましたが、今作もまた凄い!
まず舞台が多彩です。シリアに日本、香港、イタリア、ロシア。これだけで長編数本分はありそうな場面設定を惜しげもなく投じ、時事問題を絡めつつ、現実においても充分ありうべきハードモードが様々な視点から描かれていきます。逃げ場のない絶望的状況をいかに切り抜けるか。読んでいるこちらにまで伝わってくる緊迫感に、身震いは必至かと。
そして集団で力を合わせ、活路を見出していく描写の素晴らしさといったら! 手近なテクノロジーを駆使し、その他大勢の協力を得て苦境に挑む者たち。これこそが、時代の流れを正確に反映した現代の英雄譚なのだと思います。
こういうのが読みたかった。
こういうのが読みたかったんですよ。
国際社会の調査、緻密な描写の積み重ね、スピード感のあるアクションが一連の事件を追う2人の主人公のストーリーを骨の太い作品に仕上げていて、最後まで突き進めました。
実は作者さんは私と同世代なのですが、沢木耕太郎、船戸与一、景山民夫など海外を扱ったテーマが大流行した時期の直撃世代であり、恐らくそうした作品の影響を多分に受けているのではと感じました。それの後継、いや再来と思える懐かしさがありつつ、しかしテーマはISISとアサド政権、ロシアといった現在脚光を浴びている国際問題であるため、若い世代への「こんな事実、こんな見方、そしてこんな生き方があるんだぞ!」というメッセージにもなっています。
そしてストーリーのメインラインはハードボイルドな2人の主人公が織りなす血湧き肉躍る大活劇!
懐かしさと新しさと面白さが同居する大傑作です!とても良いものを読ませていただきました!
今この時代の国際社会を舞台に、シリア、イスラム国(IS)、テロといった難しいテーマを描き、かつエンターテインメントとしても成功している素晴らしい作品です。
作者様の他作品の登場人物たちが、メインキャラクターとして活躍しておりますが、この作品単独でも充分楽しむ事が可能となっています。
時事問題を取り扱っている現代ドラマという事で、もしかすると堅苦しく小難しい話と思いこんで敬遠してしまう人もいるかも知れませんが、それは勿体ないと言うしかない。
個性豊かなキャラクター、テンポの良いストーリー展開、緊迫感あふれるドラマ性。どれをとっても大変素晴らしく、実に見事な作品でした。
さらにこの作品の素晴らしいところは、面白いだけで終わらせないこと。
作者様の豊かな知識を惜しげもなく費やして書かれた物語は、リアリティがあるどころの話ではなく、現実そのものをしっかり描いています。
地獄のようなアレッポの悲劇、テロ組織の様子。遠い世界の話だと思いがちなそれらが、自分たちの身近に関わってくる可能性があることさえ教えてくれます。
空想世界を描く作品も実に楽しいものですが、今我々のいる現実の世界をきっちり描き、なおかつ面白さと共に確かに存在する問題を示してくれる作品と言うのは実に貴重です。
面白いだけではなく、自分の世界さえも広げてくれる。
小説とは書くあるべきだと言う、お手本のような作品でした。
素晴らしい作品を、本当にありがとうございました。
多くの人に読んでもらいたい、そんな小説です。