橘の花散る里
北塚
述懐1【取調室にて】
はじめて血に触れたのは、9歳の夏でした。
あれは確か、さっちゃんと一緒に家へ帰る途中だったと思います。あの日は西日が強くて、その割には空気が冷たかったのを覚えています。わたしも彼女もあまり口数の多いたちではありませんから、特に騒ぐこともなく、プールからの帰り道を歩いていたところ、あの猫を見かけたんです。
野良猫にしては毛並みの良い、真っ白な猫でした。家でたまに餌付けしてやることがあったので、わたしを見ると嬉しそうに目を輝かせて駆け寄ってきました。わたしもしゃがんで猫を抱きとめようとしたのですが、その瞬間に、錆びだらけの軽トラックが、ずるっ、と、そう、ぶつかった感じではなくて。撥ねられたというよりは轢かれたって感じですね。まさにそんな風にして、目の前で猫が死にました。即死、と言ってもよかったと思います。
軽トラックを運転していた老人は怒ったような顔で降りてきて、わたしと猫の姿を一瞥すると、なにやら二言三言口にしてそのままトラックに乗り込んで走り去っていきました。なにを言っていたのかはわかりません。わたしはただただ、血のりのついたホイールと猫の姿を見比べるばかりで、驚いたことに声も涙も出ませんでした。
さっちゃんの泣き声を聞いて、彼女の反応が正解なんだろうな、と冷めた感想を抱きながら、わたしは手に持っていたプールバッグから水着やタオルを取り出して、代わりに猫の死体を詰めていました。不思議と死体を忌避する気持ちはなくて、むしろ愛情すら持って血まみれの猫の残骸をかき集めました。当時のわたしはかなり破綻した死生観を持っていたのだと思います。
さっちゃんは震える声で何度も止めましたが、わたしの手首を握ろうとして自分の手に血が撥ねた時には、声にもならない擦れた呼吸音とともに飛びのき、それからはやめよう、やめてとうわ言のようにつぶやいているだけでした。
家に帰った頃には彼女も平静を取り戻していて、庭木の橘の近くに墓穴を作ってくれました。家人はみな出払っていたので、わたしたちは二人だけで猫の葬儀を執り行いました。葬儀とは言っても子どものすることですから、草花を添えて、手を合わせて、埋めるだけのことです。ただ、偶然にもわたしは守り刀の風習を知っていて、死者を送るときには邪なものを祓う刀が必要だと考えたのです。
ちょうど縁側に近い仏間に飾られていた刀を持ち出すと、二人で力を合わせて鞘から抜き放ちました。ただ、刀を抜いてみたのはよいものの、それ以上どうすべきかわからずに、西日を照り返す刀身を長い間見つめていたと思います。
それが、わたしたちと『
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