4-2 だいだい色の光が辺りを満たして
だいだい色の光が辺りを満たして、強い西日が目に刺さる。夏らしい雰囲気のわりに気温は低く、少し肌寒さを感じた。
蓮江はわたしの心中を知ってか知らずか、いつもと変わらず、わたしよりほんの少し先を進んでいる。城山を西側から登る階段は、全部で二百段。小さい頃は先が見えなくて、大人と一緒でなければ永遠に頂上へたどり着けないような気がしていた。
あのころ、小さな自分にとっては身の回りのすべてが大きくて、いつも茫漠とした砂漠を歩いているような心地だった。守ってくれるひとも、手を引いてくれるひともいなくて、ひとり途方もない道を歩いていた。
もしかしたらいまも、砂漠の終わりは見えていないのかもしれない。
階段を登りきるまで蓮江はほとんど無言で、わたしも同じように口を開かなかった。階段を上るとき、ひとは孤独だ。次の段、そして上っていく先を見据えながら、常に足を進めていく。誰かに助けてもらうことはできないし、誰かを助けることもできない。そうやって自分がひとりなのだと確認できる時間は、わたしにとって特別な意味を持っていた。
「ねえ、ささね。一緒に家出したとき、どうして城山へ来たか覚えてる?」
階段を上り切り、展望台へと続く道を歩き始めたところで蓮江が切り出す。
「蓮江が来たがったんじゃなかった?」
「ううん。この場所を教えてくれたのはささねだった。ほら、逃げる場所がないか聞いたの、覚えてない?」
そういえば、そうだったかもしれない。
どこでもいいから遠くへ逃げたいという蓮江に、城山のてっぺんを勧めたんだっけ。電車に乗って街の外へ逃げ出すほどの勇気はなかったし、かと言ってどこかに隠れるだけでは収まりがつかなくて、結局この街で一番高い場所を目指したのだ。
登り切った後の逃げ道なんて、考えてもいなかった。
「たぶん、なにから逃げたいのかよくわからなくて、とりあえず高い場所を勧めたんじゃないかな。蓮江、家から逃げたいって感じじゃなかったし」
「なんで? 家族から逃げたいって言ってたのに」
「昔からそうだけど、あんまり思った通りのこと言わないでしょ?」
そんなことないよ、と軽い言葉が返ってくると思っていたが、予想に反して蓮江は口を閉ざして黙り込んだ。
「べつに、責めてるわけじゃないからね。いつも思ったことをそのまま言うひとがいたら、それはそれで怖いし。ただ、蓮江って素直そうに見えるけど、根っこのところは隠すのが上手だよねって、それくらいの話」
「……バレてるんだから、上手じゃないじゃん」
展望台にはベンチと看板があるくらいで、建物の類はなにもない。これまで鬱蒼と茂っていた木々もなくなって、絵に描いたみたいに開けた風景がそこにはあった。太陽はもう山の陰に隠れて、夕影の温度が少しずつ下がっていくのが感じられる。
蓮江は展望台の端へ向かって歩き、柵を背にしてこちらを振り向いた。
彼女の手には、女性用としてはいささか大きい七十センチの傘がある。そういえば、今日の夜は小雨が降るんだったか。
「あ、一番星みつけた」
まだ赤みを残した西の空に、ひときわ強く輝く宵の明星を蓮江が指さす。意識して一番星を見たのは何年ぶりだろう? 見ようと思えばいつでも見えるのに、探さないから見つけられない。
ああ、そうだ。
蓮江の中にあった感情にも気づけたはずなのに、気づこうとしなかったのだ。
夕闇の中で黒い傘がぱっと花開き、白布が風に舞う。そして、ほの暗い赤色を映す刀身が姿を見せた。
「最後に、一緒に星を見られてよかった」
花散里を片手に提げて、蓮江はどこか寂しそうに笑った。
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