4-1 日曜の昼過ぎになってようやく雨は止んで、にわかに夏の気配が漂い始めた。
日曜の昼過ぎになってようやく雨は止んで、にわかに夏の気配が漂い始めた。
雨音に替わって蝉の声が聞こえて、雲の切れ間からは青空すら垣間見える。梅雨の終わりが目に見えるような、そんな午後だった。
「さっちゃん、具合は大丈夫?」
携帯に電話を掛けてきたまどかは、どこか焦っているような様子だった。
「わたしはべつに。まどかこそ、もう大丈夫?」
「うん。おとといは取り乱しちゃってごめん。カッコ悪かったよね」
「無理ないと思うよ。辻斬りに遭ったひとなんて、そうそう見るものじゃないし。それで、こんな朝早くにどうかしたの?」
「えっと、単刀直入に聞くけど、一昨日の夜、さっちゃんは塾にいたんだよね?」
「六時から九時半まではね。そのあとすぐに会ったでしょ。なに言ってるの?」
「その間、家には誰もいなかった」
「そうだね。おばあちゃんはあれからずっと旅行中だし」
「ならさ、花散里、だっけ。例の日本刀を最後に見たのはいつ?」
「おばあちゃんが振ってるのを見たのは木曜の夜だったけど……土曜日にもちゃんと床の間に飾ってあるのを確かめたよ。まどかが盗まれるかもって言うから」
「飾ってあったって、どんな状態で?」
「どんなって、ちゃんと鞘に納まって……」
そこまで言って、わたしもまどかの意図に気づいた。
祖母はいつも刀を白鞘か拵に納めた状態で飾っている。つまり、外から見ただけでは刀身が本当にあるかどうかは確認できないのだ。刀を引き抜かれた拵だけが置いてあった可能性も捨てきれない。
「いや、でも、おかしいよ。わたしが花散里の刀身を見たのって、最初に辻斬りがあった次の日だよ? その段階で盗まれてたなら、理屈が通らないし」
「盗まれたんじゃなくて、借りただけだったら、どう?」
「借りる?」
「つまり、刀を一度持ち出して、人を斬ってから元の場所に戻したってこと。それなら辻褄が合うんじゃないかと思って」
確かに、理屈の上では可能だけれど、だとすれば、誰かが殺人の度に我が家へ忍び込んでいたことになる。
「まずは刀の状態を確かめて。それで、もしも刀身がなかったらすぐに家を離れて。警察でも、あたしの家でもいいから、とにかくそこにいちゃだめだよ。すぐ、逃げて」
まくし立てるようなまどかの言葉を聞きながら、わたしは祖母の部屋の襖を開いていた。やはり、と言うか、花散里はそこにあった。華美に過ぎず、それなのにこの上なく高貴な印象を与える黒漆の拵は、異様な存在感を持って床の間に鎮座している。
「大丈夫。いま確かめてみたけど、ちゃんと中身は入ってるよ。心配してくれてありがとね。戸締りはちゃんとしておくから」
「血の跡とかもついてない?」
「まどかは心配性だなあ。本当に、大丈夫だから」
実のところ、持ち上げた瞬間には気づいていた。
刀身が入っているにしては、あまりにも軽すぎる。中身を引き抜いてみれば、そこには刀身の代わりに竹光が入っていて、本物は影も形もなかった。押入れの白鞘も確かめたが、やはり花散里の刀身はどこにもない。
花散里を振り、不審そうにしていた祖母。
祖母が留守にしている日、そして雨の夜に限って続いた辻斬り。
いくつかの出来事が繋がって、脳裏に彼女の顔が浮かぶ。
確たる証拠はないし、やろうと思えば誰にだって――場合によっては、わたしにもできたかもしれない殺人。それでも、不思議と確信があった。
鉢植えの下の合鍵はそのままだったが、鉢植えの底を囲うようにして積もった砂は、少しずれているようだった。最近はわたしも祖母もこの鍵を使っていないから、おそらくは誰か別の人間が動かしたのだろう。
『……市内では本日夜から明日朝にかけて、所により小雨が降る見込みです。来週一杯は晴れで、今夜の雨がこの梅雨最後の雨になるでしょう』
点けっぱなしのテレビからそんな声が聞こえてきたとき、ポケットの中で携帯電話が震える。
『これから、城山まで散歩しない?』
メッセージを送ってきた相手は、確認するまでもなくわかりきっていた。
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