エピローグ
わたしたちはふたりとも、夜の散歩が好きだった。
さっちゃんはどんな天気の日でも気が向けば外に出て街中を歩いていた。たぶん、いつも逃げ場を探していたのだろう。この狭い街から出られるわけでもないのに、ひたすら遠い場所を探して歩いていたのだ。
そういえば昔、蓮江に聞かれたことがある。
「はなちゃんって、どうして夜の散歩が好きなの?」
つい最近、まどかにも同じようなことを聞かれた。あのときの答え――安心と不安の落差――も正しいけれど、そもそもわたしが夜を愛していた理由は。
「ひとりになれるから」
そして、ひとりの自分を知ることができるから。
夜、月明かりだけが照らす暗い道を歩いているときだけは、自分自身を認められるような気がした。自分以外に誰もいない世界なら、自分はいつも正しいから。
そんな話をすると、さっちゃんは驚くやら悲しむやら目まぐるしく表情を変え、
「ひとりにはしてあげないよ」
最後に笑ってそう言ったのだった。
――自分の肌と同じくらい冷たくなったさっちゃんの手を握り締めて、わたしはずっと雨に打たれていた。
視界は底知れない闇に包まれて、肌に触れるものはすべて冷たく、絶え間なく聞こえてくるのはざらついた雨音だけ。
楽しい気分でもないのに、自然と口元に笑みがこぼれてくる。
「ねえ、やっぱりわたしはひとりだよ」
答えてくれるひとはもういないし、答えを期待してもいないのに、言葉は勝手に口をついて出る。
血に濡れた花散里を拾い上げ、ゆっくりと自分の喉元に添える。このまま振り抜けば、さっちゃんと同じ場所へ落ちていくことができるのだろう。想像だけしてみて、やめた。
この刀を振り下ろした瞬間に、わたしの中の熱量はすべて失われてしまったのだ。あの時のわたしにはまだ熱量があった。冷え切った理性ではなく、今にも弾けそうな衝動に突き動かされて彼女を殺した。
そうして最後の人間性を使い切り、わたしは正真正銘の怪物となったのだった。
――目を閉じて孤独を研ぎ澄ましながら、夜に身を任せる。
雨が止む気配はなく、夜の終わりは途方もなく遠かった。
橘の花散る里 北塚 @Kitatsuka
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