トリックオアトリート1
そんな、簡単な一言が言えないなんて。
ひなたは深呼吸をする。
どうでもいい言葉、些細な言葉、今日というこの日は、そんな言葉であふれていて。耳を澄まさなくても、この言葉であふれている。
「ひな先輩、固すぎ」
「リラックス、リラックス、お姉ちゃん!」
ゆかりや、みのりに言われてなお言葉が、紡げない自分がもどかしい。
魔女に扮したゆかり、お化けに変装した実りは、こんなにも楽しそうなのに。
と、風が耳元をくすぐ――ると思ったのは、爽の息吹で。
「どんな、イタズラしてくれる?」
そんな言葉で囁かれても、どうしたらいいか分からない。
「とりっく、おあ、とりーとっ!」
とゆかりとみのりは、ひなたの手を引っ張って、爽から奪っていく。
「え?」
「ざんねーん。今日のひな先輩は――」
「今日のお姉ちゃんは――」
二人が声を合わせて言う。
「私たちが独占します!」
「お菓子をくれないと、ね!」
「お、おい……」
と言う間も無く、みのりの
爽は目をパチクリさせて、ひなたがさっきまでいた場所を見やった。
「探して、お菓子をあげないと、ひなたは取り返せないって寸法か、これ」
と苦笑する。
「その勝負受けようじゃないか」
ニンマリと笑む。
【雷帝】とテレポーターを相手に、35分で決着がつく、デバッガーの本気は割愛するとして。
ひなたがハロウィンパーティーも終わりかけ時にか細い声で、
「トリック、オア、トリート!」
と爽に言えたことだけは、ここに記す。
精一杯の勇気、精一杯の声で。
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