片方のてぶくろ

 ――低気圧は発達し、東北へ進んでいます。関東圏は大雪警報が発令中です。その他の地域でも、積雪にご注意ください。さきほどからも、お伝えしていますが……。


 垂れ流しているニュースの音声をオフにする。イヤーチップをはめていたら、もったいないと思ってしまった。


 雪が――じゃない。

 無邪気に、舞う粉雪を見て。まるで踊るように、興奮しているひなたに。


(だるっ)


 そう思う。雪ではしゃぐ季節なんか、とうに昔に過ぎた。そういう意味では、ひなたは純真なんだなと、つい唇の端が綻んで――手袋をしていないから、指先がじんじん痛んで、ようやく我に返る。


「爽君!」


 気付けば、ひなたが、至近距離で――さらに、俺につめよる。


「……へ?」

「これ、つけて!」


 そう言うやいなや、ひなたは手袋の片方を外し、俺につけようとする。


「い、いや……俺は良いって!」


 不可視防御壁ファイアーウォールを応用すれば、これぐらいなんともない。ひとえに、ひなたに見惚れていた、俺の失点だった。


「ダメだよ、風邪ひいちゃうよ?」

 そう言いながら、白猫がモチーフの手袋をはめられてしまう。


「いや、でもひなたが――」

「こうしたら、暖かいよ?」


 にっこり笑って、俺の手を握る。それから、自分のコートのポケットへ。俺の手ごとつっこんでしまう。


「ひ、ひなた……?!」

「なに?」


 キョトンと首を傾げる。

 俺はつい苦笑を漏らした。

 ひなたの指先から、仄かに温もりが伝わる。


 時々、こうやって無自覚に距離を埋めてくる。

 あえて、指摘して距離を置かれるより、この時間を満喫しよう。そう思った。


「ひなた――」

「なに?」


 ひなたが、俺を見上げる。きゅっ、とポケットの中で、俺の手を包み込もうとする。その小さな手で。


「暖かい、よ」

「良かった」


 にっこり、ひなたは笑う。

 思わず、抱きしめたくなる衝動を抑えて。


 きゅっ。

 小さく、その手を握りしめて。

 きゅっ。

 コートの中で、ひなたが握り返す。


 それだけ。

 ただ、それだけの繰り返しなのに。


 妙に、胸が暖かくなった。





■■■





「ひなた! 水原君!」

「ひな先輩! 水原先輩!」

「あれ? もしかすして、それ恋人繋ぎってヤツじゃない?」

「……え?」


 あいつらの野暮な言葉が響いて。


 狼狽する、ひなた。思考は追いつかず、現状認識がきっと、できていない。

 雪が溶けるように、この幸せな魔法が切れるまで。


 あと少し。

 あともう少しだけ――。

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みずいろひいろ。(限りなく水色に近い緋色・短編集) 尾岡れき@猫部 @okazakireo

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