あなたにだからプレゼントを
呼吸を乱しながら駆けてくる足音で、顔をあげる。
「み、見つけた、ゆかりちゃん!」
へ? と思う。私が先輩に声をかけるならいざ知らず、ひな先輩が私を探すのは珍しい。
と、そっと私にラッピングされた包みを渡す。
「え?」
水原先輩に渡せ、という意味だろうか。ひな先輩は分かってない。私は水原先輩が好きだ、という事を。
「ゆかりちゃんに、ね」
「へ?」
意味がわからない。私の誕生日は過ぎたし、プレゼントを貰うような貸し借りも無いと――思う。
と、ひな先輩は小さく笑む。
「ありがとうに、本当はカタチなんか必要ないかもしれないけど、いつも助けてもらってるから。ゆかりちゃんだから、受け取って欲しくて」
ひな先輩は言う。開けてみると、クッキーが入っていた。
「ひな先輩?」
「下手くそかもしれないけど、お母さんと一緒に焼いてみたの。よかったら食べてみて?」
「水原先輩にあげたら喜ぶのに」
「爽君にはさっき、あげたんだけどね」
私は目を点にする。まさか、まさかと思うけど――。
「ひな先輩、他の人にもクッキーあげた?」
「え? 野原さんや金木君や茜さんにもあげたけど?」
私は頭を抱える。それはいわゆるバレンタインの義理チョコにも等しい。
(水原先輩はショックだろうなぁ)
と思うが同情はしない。と、私は思い出し、ひな先輩に袋を差し出す。
「ゆかりちゃん?」
「私もクッキー焼いてきたので。ひな先輩、よければどうぞ」
本当はリベンジで水原先輩にあげる予定だったんだけれど。まぁ、いいかと思ってしまう。
ひな先輩が嬉しそうに胸で袋を抱きしめる。
「ゆかりちゃん、ありがとう! お茶を淹れてみんなで食べる?」
「いや、そんなたいそうなものじゃ――」
「爽君にも声をかけてくるね!」
こうなったら何一つ、ひな先輩は聞きはしないのだ。せわしなく、また駆けていく。
私は唖然として、ひな先輩を見送り――笑みがこぼれる。
結局、水原先輩が食べてくれる可能性も出てきたが、何よりも「ありがとう」を躊躇なく言える、ひな先輩が眩しいと思う。
(かなわないなぁ)
でも遠慮はしない、と思う。ひな先輩には――ひな先輩だから――戦う前から負けたなんて思いたくない。
全力で背伸びして、水原先輩にいつか気持ちを伝えてみせるのだ。
無自覚なひな先輩は、そもそも恋愛感情が何なのかを理解できてない節もあるけれど。
それでも――。
大好きなあなたにだから、プレゼントを。
いつか、今じゃなくてもいいから。ひな先輩のように躊躇なく渡したいと思う。私の偽りのない気持ちと一緒に。
私は小さく背伸びをして、気持ちを切り替える。いつもと同じく、当たり前のようにみんなの前で笑えるように。
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