猫になったら
「ちょっと実験に失敗してね、爽君が猫になっちゃったんだよね」
さらっととんでもないことを茜に言われて、ひなたは目を丸くした。遺伝子研究特化型サンプルの研究開発の一環で、遺伝子変容体を支援型サンプルのスキルに盛り込めないかと考えたらしい。理論上は問題なかったんだけど、とアメリカンショートヘアーの猫を指さす。茜が触ろうとしただけで、「ふーっ」と威嚇をしている。
どうやら当の爽は、かなりのご立腹らしい。
ひなたが、おそるおそる、猫の背に触れる。
猫が、その頭を寄せてきた。撫でてと言いたいらしい。
思えば――爽は、ひなたが望む事を無条件で差し伸べてくれたが、自分は爽に何をあげることができていたんだろうか?
頼ってばかりで。
手を差し伸べてもらい、爽の手を握ることが当たり前になっていたんじゃないか。
ペロッとひなたの手を猫が舐める。
ざらっとした感触が、妙にくすぐったい。
「だいぶ爽君、落ち着いていたね。助かったよ、宗方さん」
と茜が言う。
「さ、爽君。実験の続きをしようか?」
慌てて爽は、ひなたの背に隠れ、ひなたも爽をかばうように、茜の前に立った。
「茜さん!」
「んー、またとない実験機会なんだけどね」
ニンマリと笑う顔はあからさまにわざとで。
「まぁ、変容試薬の効果が切れたら元に戻ると思うから、それまではよろしくね」
ヒラヒラと手を振って、茜は背を向ける。
ひなたは、
その毛が鼻をくすぐるけど、お構いなしに。普段ならそんなことはできないけれど。できるはずもないけれど。
もしも。
もしもの話しだけれど。
あなたの言葉がこんな風に奪われても。
もしも。
もしもの話しだけれど。
あなたの手が、私の手を握ってくれなくなったとしても。
きっと私は諦めない。
あなたが手をのばしてくれたように。
1時間後――爽の遺伝子変容効能は切れたが。
猫を抱くように、爽を抱きしめることに、ひなたは躊躇なくて。
もしも。
もしもの話しだけれど。
あなたが消えるようなことがあったら、
私があなたに火を灯す。
きっと私は諦めない。
あなたが私に手を伸ばしてくれたように。
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