第22話

「ねえ。でも、これ博士にあげていいの?博士は研究で家を空けてばっかりで、皆で撮った写真なんてほとんどないって言ってたよね」

 ヒビキの声に、俺は頷いた。

「別にいい」

 事故のあったあの日、二人と共に壊れたそれは、メーカーから修理不能として返却された。

 同じ物を用意すると、善意から申し出てくれた写真館には丁重に断りを入れたものの、立体映像機は捨てられることなくずっと家に置いてあった。

「直せるかもわからないのに、画像の抽出から部品のほとんど全部を、火狩が時間をかけて手作りしてたのだって知ってるよ。それだけ大切なものなんでしょう?」

 大切といえば、大切だ。

 けれど全然、惜しくはない。

「思い出っていうのはあやふやな記憶であっても、覚えているからこそ美化もできるし、大事にできるんだよな」

 それは、どこにでもあるありふれた家族の姿。

「俺は、この時を覚えている。そして、何もかもを忘れてしまっていても、博士の中にも確かにこの時は在った。だからこそ俺が持っているよりも、ずっと相応ふさわしいと思うんだよ」

 父さんこそが。

 最後の呟きは、ヒビキには届かなかった。


「でも」

「いいんだ」

 俺は静かに首を横に振る。

 たとえ衝動や好奇心によってスイッチを押すだけの、単純作業の流れの先にそれが存在していても。

 たとえ火狩博士が、世界の何一つ思い出せなくても。

「かつてそこにあったものをいつでも側に置いて眺めたなら。それはひとつの記憶にならないと、誰に言えるだろうな」

 いつか立体映像機が映じるその風景が、もう何ひとつ覚えていない、思い出せない火狩博士の失われた思い出を補完する外部記憶装置だったのだと…言えるようになりはしないだろうか。

「もう、また謎かけ?ホント火狩って僕に意地悪だよね」

「謎かけなんかじゃないさ。至極単純なことだ」

「単純なこと?」

 俺は火狩博士の手元から、ヒビキへと視線を移した。

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