四
第19話
火狩博士はぼんやりとした視線を、コンソールルームの中に向けていた。
もう彼が、過ぎ去った日々を思い出す時はない。
「そろそろ戻るか」
俺の操作で、起こされていた身をベッドに沈めた火狩博士は視線を天井へと向ける。それは頭上へと伸びる、ヒビキの内部構造を見上げる格好となった。
塔の内を、わずかな綻びを見つけては修繕に動くコンストラクターズマシンをしばしの間目で追っていたが、やがて手を上げて指差した。
「うーああ」
言葉にならない声を上げ、しきりに腕を動かしている。
「あれが欲しいって?」
答えはない。
「まあいいか、予備はあるからな。ヒビキ」
俺の言葉を察し、頷いたヒビキが不可視のシグナルを送れば、その中のひとつがすうっと彼の元に降りてくる。
「渡してやってくれ」
たとえ投げつけたところで、人を傷つけることない回避プログラムが組み込んである。ここでマシンとして動かさぬ以上は人畜無害な玩具だ。
「アームはどうしようか?」
「万一の際には安全装置が働くから大丈夫だろうが、細密作業部にある爪は気になるな。念のためプログラムを書き換えておいてくれ」
「わかった」
頷いたヒビキは手の平ほどの楕円形をしたマシンを、ほんの少し目を
小さな音が上がり、コンストラクターズマシンから伸びた二本の腕の爪先が格納され、折り畳まれた分だけ短くなった。
爪が飛び出さないないことを確認した上で、そっと火狩博士に渡す。
「どうぞ」
宝物でも受け取ったかのように、火狩博士の表情が明るくなった。
「ああそうだ。それと、これも」
俺はジーンズのポケットに入っていたものを取り出し、博士の反対側の手に握らせた。
それは掌の中にすっぽりと収まってしまうほどの、キューブ型投影機。
〝開かれる痕跡〟と名付けられたそれは、オープンヴェスティッジという壮大なセカンドネームを持っていた。
いかさまうさんくさく、けれど宗教がかったストイックな名称が大ウケし、かつて空前のブームとなった立体映像機だった。家族で写真を撮った際に勧められた母が気に入り、作らせたものである。
手の中で転がすうちに、火狩博士がスイッチに触れた。
浮かび上がるホログラム。
驚いて手を離した博士は、胸の上に横たわる映像をしばし不思議そうな目で見つめた後、ゆっくりと腕を伸ばした。
それはまるで、在りし日の時を抱きしめようとするかのように。
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