第18話

「ホントに!?じゃあまずは塔の名前、一緒に考えてよ」

「必要なことなのか?名前など記号で…」

「ダメだよ。記号なんて、互いに何も通うものがない一方通行だ。心の元になる核はプログラムでも、この塔は自ら智を経てさらなる心を得ていく。皆似たり寄ったりの状況でも、どこで何を優先事項にするのがベストかみたいな、俺たちに見えてないものだって一緒に考えて行く存在なんだ。効率を図るためにも塔はゾーンに一つずつ作るから、そこに暮らす人たちの性質によって個性も大きく変わるんだよ。名前は心にも通じる大事なものでしょ。だから父さん、ヤマトゾーン以外の名前考えてよ」

 人工知能を搭載したシステムに対し、火狩博士は一度としてそんな思いを抱いたことなどなかった。


「なぜそれほどまで、心にこだわる?」

 しばし考えていたさとるが、自分でもよくわからないんだけどさ…と呟いた。

「とうに滅びた古代人の最後の一人は、どんな気持ちだっただろう。恐竜は、オオツノジカは、フクロオオカミはどうだったんだろう。めぐみの声を聞く前から、毎日たくさんの人や生き物が死んでくニュースを見てそんなことを考えてた。様々な要害で、一息に世界のすべてが無となることもあるかもしれない、けどもしも自分が最後の一人になってしまっても…慈悲を与えてくれるものがあればきっと、見失わずに歩いていける」

「…そうか」

 だからすべてに、違う名が必要なのか。

 プログラムである彼らもまた、ひとつの〝個〟であり、誰もが孤独ではないのだと思うがゆえに。

「ヤマトゾーンの塔の名は?」

 覚はにっこりと笑った。

「ヒビキ」

 心と願い、思いを響かせる存在だから。

「まだシステムの初期段階だけど、少しずつ手をつけ始めてるんだ。父さんが手伝ってくれるならきっと、あっという間だよ」

「…ああ、そのつもりだ」

 あの日火狩博士は、長年抱き続けてきたあらゆる探究心を、息子という未知なる対象に見出した。

 そして、己自身の研究の道へと再び戻ることはなかった。



 俺はたとえその存在があることを知らず、姿を目にしたことがなくとも、寄り添うものは必ずあるのだと、セレドライトのうちに夢を映じた。

 それは世界の願いでもあり、自分だけの思いでなくなった今でも、いつだって俺は、俺自身のちっぽけな夢を叶えるためにしか動いて来なかったと知っている。


 そんな俺の中にあった可能性を火狩博士は夢見、そして俺は己の望みを叶えることで応えた。


 こんな風に言うのもどうかと思うが、やっぱり科学者や研究者ってのは、究極的にエゴイストでロマンチストなんだろうな。

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