第6話

「ねえ、どうして博士に助手だって問われて否定しなかったのか、聞いてもいい?」

 二人だけとなった時、ヒビキは問うてきた。

 まあ当然の質問だろう。システムを設計したのは、火狩博士ではなく俺なのだから。

「へえ。お前でもわからないことなんてあるんだな」

「意地悪だね。理解できるものがたくさんあったって、必ずしも正解にたどり着けるわけじゃないって嫌ってほど知ってるくせに」

 ヒビキはそう言ってむくれた。

 俺はその姿に、どこか安堵した思いで苦笑を向ける。


 正式な稼働を周知しなければならない以上、誕生は今日としたが、自ら状況を判断し考える存在として作られたヒビキは、既に半年前、自らの意思で目覚める時を選んでいた。

 塔のプログラムはすべてが俺の頭の中。助手にしろだの技術を学びたいだのといった、様々な売り込みやしがらみから逃れるためにも、誰も施設に入れることなくただ一人での作業。その間、身の回り一式はアンドロイドだけでまかなっていた。 

 大昔にはセンキョクという名を用いていたらしい、第一セグメントの一部である通称チヨダエリア。この辺りはもう随分前から人や獣に、場合によっては死に至るほどの幻覚を見せる原因不明の磁界じかいが取り巻く場であり、生身の人間が挑めるところではなく、忘れ去られた土地となっていた。


 そんな場所に塔を構えたのは建設に際し、その強い磁界を力として利用するためだったことがひとつにある。

 幸いにしてセレドライトからエネルギーを取り出すヒビキの能力は、磁界に影響されることはない。通常のアプローチでは生物の侵入が不可能な環境であるのも、安全に計画を進めるにもってこいだった。

 だからこそ、居住棟で短い睡眠をむさぼっていた俺宛に、コンソールルームから呼び出しが届いた時にはさすがに驚いた。

「お前は誰だ!?」

 こちらの焦りとは正反対の、静かな声が返った。

「僕が何者かなんて、あなたが一番知っているはずです。今すぐ来てください」

 駆け付けた俺の前で、今日のような挨拶ひとつ口にすることなくヒビキが言った。

「今この時も、苦しんでいる人たちがいます。僕はもう、ただじっと待つなんて嫌です。インフラ構築だって僕が加われば、各段に工程日数もアップする。手伝わせてください」

「…まだ目覚める段階ではないはずだ。一体どうやって」

 聞けば、朝方組み込んだシステムで基幹部きかんぶの大半は維持できると判断し、プログラムを補完し、自ら起動にこぎ着けたのだと言う。

「だからってお前、そんな姿でまで…」

「見た目など関係ありません。人に希望を届けるのが、僕たちの存在意義でしょう」

 当時左腕部に当たる塔のプログラムは完成しておらず、ヒビキの姿は片腕を欠いていたが、その姿が不完全であるにも関わらず、まるで未来を映し出す鏡のように、どこまでも透明な美しさをたたえていた。

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