第8話

 俺を含め、選ばれた八人の技術者はヒビキによって『ナイカク』と名付けられた。


 センキョクの名称と同様、とうの昔に消えた文化の中にそういう組織があったのは知っていた。だが、だからこそそれを聞いた際、消えてしまったものの名をつけるなど幸先が良くないだろうと言った俺に、ヒビキは答えた。

「エネルギーや食糧を寡占し、人が人らしく生きるためのこころを奪い、自分たちだけは安泰なところにいようとしてる組織が『セイフ』という名を掲げているよね」

「…ああ」

 セイフと名乗る組織の動きに関しては、もっとも警戒していた。

 ヒビキプロジェクトで何よりも必要としたのは人力ではなく、大量のコンストラクターズマシンだった。

 数千キロにも及ぶ塔の建築は人の手を用いるにはあまりにも壮大すぎ、しかも日々飢えている者たちを金やいくばくかの食糧で釣り、重労働に駆り出したところで怪我や命を落とす者が後を絶たぬのは目に見え、計画すら頓挫とんざする可能性が大きかったからだ。 

 すべてが軌道に乗れば、コンストラクターズマシンもそれぞれのゾーンに置かれた塔を管理する者たちの居住棟、今では『ナイカク府』と呼ばれている場所で制作すれば十分だった。だが、あくまでそれは塔が完成していることが前提の計算で、絶対数が足りない。


 そこで俺はマシンの設計図を公開し、これを作る者を募り、協力した組織・個人には相応の対価を保障することを打ち出した。

 その納品をもって制作を受託した組織のひとつに、優秀な技術者や才ある者をあちこちのエリアから引き抜き、一種の組合ギルド集団を形成するセイフがあった。

 仕上がりに不良品が少なかったことも群を抜いていたのは確かだが…何せ人であれ物であれ手に入れると決めたものに対し、えげつない手段を取るという噂が絶えない。

 チヨダエリアにこもり、ヒビキのプログラムを作っていた時の俺は当然、他者との接点などほとんどなかった。

 そんな暮らしをしている俺の耳にさえ届く、セイフの悪行はわざわざ探ったわけでもないのに十や二十はあった。

「セイフは『政府』。昔は国家を指す言葉だった。暮らす土地は違っても、ほぼ一連ひとつらなりのボーダーレスになった世界で国家を名乗るのは、随分と恣意しい的だよね。だからさ、政府の中でもっとも力を振るう存在が『内閣』と呼ばれていたのを踏まえて、セイフに折れない心としてつけてみたんだ」

 つまりは、ヒビキなりのセイフに対する牽制のつもりらしい。

「どうせあいつらがお前をそそのかしたんだろう。まったく、悪知恵ばかり吹き込みやがるな」

 ナイカクのメンバーの中でも、飛び抜けてヒビキを対等な者として扱う二人がいる。ヒビキが彼らの影響を受けているのは明らかだった。

「たとえ僕自身に人を直接傷つける能力はなくても、それが正しいか間違っているかを考えることが大事なんだってさ。だからえて挑戦する言葉を選んだんだ」

 ふふ、と笑いながらそんなことを言う。

 ナイカクの連中による教育の賜物たまもので口調もすっかり砕け、人を揶揄やゆすることまで覚えたヒビキは驚くほど変化したと思う。


 これほど人間らしくなってしまったシステムと知れば、恐れる者もいると思う。

だが俺はたとえ誰が責めようとも、それこそを望んでいた。

 かつて人は、アンドロイドやロボット、そして機械を「心のないもの」として己の膝下しっかくみさせようとした。

 人類は後に、それが不遜な考えであるということを、嫌と言うほど味わうことになる。

 機械たちによる反乱が起こったのだ。


 機械戦争マシナリーズウォーと呼ばれ今も語り継がれるそれは、最終的に人の手によって動力を供給する施設の大半を破壊したことで、反乱分子となった機械のことごとくが失われた。

 だが奇しくもそれは、心など持たぬと言われる者たちにも、思いは芽生えるのだと証明したことにもなったのだ。

 その戦いは同時に、人口減少、武器や技術搬送によるエネルギーの枯渇、焦土と化した地では大々的な食糧不足を引き起こし、人類をも窮状へと追いやる決定打となった。

 なればこそ、再び機械に人格を与えることを危惧する者たちも少なくなかったが、人の手で生み出したものを心なき者と奢ること自体が、過ちであったと俺は思う。

 機械だ、作られた心だとさげすむなど論外だ。その存在に支えてもらわねば生きて行けないのなら、支えられていることさえも誇りに思える者に寄り添ってもらえばいい、そうじゃないか?

 俺が望んだものは、こうしてヒビキを見ている限り間違いだったとは思わない。

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