第2話

 火狩ひがり博士は今、地球上から失われた資源を使用するのではなく、まったく新たなエネルギーシステムの構築にすべてを傾けていた。


 残存する旧資源は公共とは名ばかりの、金持ちや身分立場の確たる者たちにしか開かれていない医療施設や、運送関連に優先供給されるため、明かりのまばらになった街。

 建物は朽ち、夜中に出歩く者などスラムの住人たちを除いてほとんどいない。ともしびどころかだんを取るのも個々人に回されるのはわずかで、風水火力といった、あらゆる施設からエネルギーが盗まれるのは日常茶飯事となっている。

 車は一部の者の贅沢品。

 移動手段は、ゼロ・グラビティ――通称ゼログラと呼ばれるバイク型の、地磁気を利用した半永久的駆動体で可能だったが、日々必要とされる、生命を守る衣食をまとめて運搬する手段はほぼ、化石資源を使用する列車に頼るのみ。当然、すべての者に行き渡る量など確保できるわけがない。

 その上追い打ちをかけるように、薄くなった大気圏の影響で磁気嵐に見舞われ、慢性的な天候不順と食糧不足。

 沃土よくどは遠く。

 昨日晴れていた空に今日はオーロラが輝き、明日は砂嵐が、ひょうが注ぐ。可食物は生まれた端から人に、獣に奪われ、何者にも消化できぬ植物や木々ばかりが大地の生を謳歌している。


 生きる術は退化しているに等しかった。

 無論、いつの時代も金さえあれば多少の融通は利く。

 だが、警備を雇ったところでその者たちに奪われることも多く、心から信用できるのは己自身でしかないと、商売人や金持ちですら知っている。持てる者と持たざる者の対立は最低限の明日の糧食りょうしょくを得ることにこそ、己の生命を賭すという矛盾をはらんだ堂々巡り。

 閉塞した世界を打破するために、安定的なエネルギー供給が何百年もの間の課題となっていた。エネルギーさえあれば磁気嵐を防ぐ建造物を作ることも、その傘下で食物を育てることも、人の暮らす場所の整備もできる。極限の熱さ寒さにだって耐えずとも良いのだ。

 ゆえに、数十年前に発見された宇宙を漂う基質、セレドライトを用いたこの恒久的エネルギー供給計画は、いまだ他惑星への移住など夢物語である地上の、最後の希望と言っても過言ではなかった。


 セレドライトから集めた力で人の命を繋ぐ器は、美しい銀の腕を天へと伸ばす塔。

その塔の名を、ヒビキと言う。


「グリッドα、シーケンサーチェック」

「はい」

 彼の言うところはグリッドβプラスであり、αの上をゆくはるかに複雑な数式を用いているのだが、俺は素直に返事をし、ひそかに調整を加えながら空間に浮かぶキーを叩く。

 塔の外には人の波。これほどまでギャラリーがいても平然と仕事をこなす火狩博士には、厚顔無恥を通りこして感動さえ覚える。

 見せ物になるなど俺ならばごめんだが、博士にとっては己の求める道を邪魔されぬ限り、他人の視線など関係がない。

「D回路解放」

 再び手を加えながらDと表示されるよう指示し、別の回路へと接続する。

「F回路駆動」

 そこは交流回路――オルタネイティヴであることは告げず、ひたすら彼にわからぬよう手を加えたキーを、俺は叩き続ける。

 一通りすべての回路の動作確認をしたのち、火狩博士は硬直したような表情を少しだけ満足げなものに変化させ、頷いた。

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