第3話

「まもなくこの研究も実を結ぶな」

「そうですね」

 その言葉に、枯渇エネルギー問題の解決という威信を見守る者たちが、一斉に顔を輝かせてこちらに視線を送った。


 わかっているさ、あんたたちにとってこのプロジェクトさえ成功すれば、別に火狩博士などどうでもいいなんてことは。

 権益の一端でも握れさえしたなら、組織の、あるいは己の面子メンツを容易く埋められると思っていることも。

 取材記者だけでなく、おこぼれを期す科学者や商売人、企業から派遣されて来た者たち。少しでもいい印象を与えようと腐心し、笑みを絶やすことなくご機嫌取りにいそしむ有象無象から目を逸らすと、俺は再び作業に戻った。


 どこかでカメラが回っている気配がする。

 塔の中には限られた技術者しか入れず…とは言っても、今は火狩博士と俺だけだったが、ヒビキの始動を見られるのは、周囲からだけとなっていた。

 それでも、ガラスのごとき透明な材で覆われた内部はよく見えているはずだ。

 映像はこちらからの提供素材のみであり、当然ながら今日のこの場に当たって録画機器の一切は持ち込み禁止となっていたが、人口眼球の中にでも直接埋め込んできたならば、通り一遍の検査など毛ほども役に立ちはしない。

 パネルに向き合い、難しい作業をしている振りを装って顔をしかめながら、俺はひそかに苦笑をかみ殺す。

 まったく、御苦労なことだ。

 今日の実演に何ら意味などなく、単なるパフォーマンスであることも知らずに誰もが浮かれているのだから。

 まあ、せいぜい秘密の端緒たんちょを握ったつもりで喜べばいいさ。

 表面をなぞったところで、売れるような情報など摑めやしない。それと知った上で、大仰な成功を見せつけて彼らの自尊心を満たし、各々が秘密裡に収めたつもりで持ち帰るだろう、今日の記録を分析する際にせいぜい混乱すればいい。

 ならばこそ、この世紀の瞬間に立ち会う者たちのために、わざわざザルのようなセキュリティにしておいたのにも意味があるというものだ。


 目の前には、コンソールに腰掛けた姿で目を閉じている青年。

 その傍らに彫像のように立つ者。

「全システム起動開始」

 直接手で触れ、修正個所を確認することもできる実体化プログラム、『ヒビキ』の全身へと、俺はボディチェックの要領で目を走らせる。

 肩口でゆるく束ねられた癖のない、白銀の髪。

 たとえネットワークに接続していなくても、衛星やありとあらゆる手段を用いて自ら智を得、学び取ることを可能としたプログラム、ヒビキは、性別など関係ない知性体にもかかわらず、ひとつコマンドを与えるたびに、まるでその積もるを体現するかのよう、透き通る美しさを持つ青年の姿へと成長して行った。

 現在、ヒビキの姿は文字通り透き通って見えている。

 その体の内を、無数の走査線が次々と過ぎて行く。

 もしも人が‶遺伝〟に由来するものではなく、生物としての〝核〟だけを糧に、生まれて来ることができたのなら。

 こんな風にに、そしてとなった肉体を、得られるものなのだろうか。

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