第15話

「え!?」

「ある理由があってこれだけはシステム上、名称変更ができなくてな。現行モデルでも未だ使用されている3αなら、壊れていても値がつく。放置されていたならば間違いなく旧シリーズだろう。研究所のデータを覗いたのが丸わかりだ。私の目を誤魔化せると思うな」

 声を失う息子の前で、火狩博士は溜息をつく。

「…しかし、そんな痕跡など今まで微塵みじんもなかった。そもそも研究所のデータに関しては、完全孤立のクローズドシステムであり、外部から侵入できるものではない。一体どうやって取り出したんだ」

「完全孤立の、閉ざされてる《クローズド》?」

 己のうかつさを悔やみ唇を噛み締めていた覚が、意外なことでも耳にしたように、きょとんとした目を向けた。


「何言ってるんだよ、父さん。人も、物でさえ、何ひとつ接点や繋がりのないものなんて、どこにもないでしょ」

火狩博士は目を見張った。

「…どこにもない、だと?」

「そうだよ。たとえ完全に閉ざされた箱を作っても、当たり前だけどその外郭がいかくは外と接してる。無重力下でも、無重力っていう空間に接してるじゃないか。『ノスヴェリトゥスの囁き』と同じだよ。そこに何があるかはわからなくても、存在やあることを解してないだけで皆、何かと繋がってる。ましてや研究所のシステムには人が触れる。触れるということは、そこから熱やエネルギーが生まれて、必ず…隙が生じる」

 とんでもないことを白状してしまったとでも思ったのか、最後の一言だけ口ごもったさとるを前に火狩博士は唖然とする。

 だが息子の気まずい思いよりも、博士にとってはその言葉の意味するものへの驚きの方が大きかった。

「ならば、触れられないものに関してはどう解釈するんだ」

 問われた覚はうーん、と子どもらしい仕草で口を尖らせて宙を睨んだ。

さわれるとか触れないとかって、あくまでそれは感覚的な言葉だからなあ。そう思えるかどうかはさておいても、すべてにおいて閉ざされて繋がりのないものなんて、それが存在している時点で宇宙にだってないよね」

「繋がりのないものなど、ない」

 断言した息子の前でオウムのように繰り返し、膨らみ、たわんだ論文に目を落とした時、火狩博士の中で何かが弾けた。


 覚の言う『ノスヴェリトゥスの囁き』とは数百年前、かつてアフリカと呼ばれ、今はアフェリアと呼ばれるようになったゾーンで発見された、新種の砂トカゲの逸話だ。

 アフェリアを研究する生物学者が、フィールドワークの最中に聞こえてくる鳥の声――ヨシキリの鳴き声が、営巣しているであろうヨシの間からではなく、くさむらやごつごつした岩場から聞こえてくるのが多いなと口にしたところ、現地の案内人が応じた。

「ああ、ノスヴェリトゥスの囁きか」

「ノスヴェリトゥス?それは一体なんだ?」

 聞けば、現地に伝わる姿は見えぬ精霊の名だと言う。

 だが、どう考えてもその鳴き声はヨシキリにしか聞こえない、そう洩らした言葉に案内人は頷いた。

「単なる言い伝えさ。そもそも囁きなんて可愛らしい声ではないし」

「空を飛ぶよりも、地に在る方が得意というのは珍しいな。この辺りのヨシキリの生態を調べてみたら面白いかもしれん」

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