第14話
火狩博士は、息子の存在など忘れたように床に座りこむと、「そうか。そういう使い方も」「これならば、負荷をかけることなく…」などと、時折ぶつぶつと口にしながら一心不乱に、本の余白と別紙とに連なる論式をなぞり始めた。
すべてに目を通したのち、静かに尋ねた。
「確かにこの習性を利用すれば、一度使用したものでも数年から数十年で蘇る。完全ではないものの、小惑星帯のセレドライトはほぼ永久機関になると言ってもいいだろう。そもそも建設初動に際し、磁界の力を動力として利用するなどという思考は私には考えもつかないものだ。
「ああ、それは」
床に散らばる紙をごそごそとかき回し、いくつかを取り上げて並べる。
「父さんの許諾があって権利クリアできるなら、レイヴァーテナーの一部を、使わせてもらえたらなって思ってたんだけどさ」
そう言って博士が何年もかけて練り上げた、医療システムに組み込まれているものを応用した、コンストラクターズマシンの前出となる構想を提示して見せた。
床に広げられた設計図。
ジル・ナイルズの論文の中には完成予想も書き込まれていた。
残念ながら親に似て絵心を備えることはなかったようだが、十分にその姿は想像できる。
驚きの表情でそれらをしばし見下ろしていた火狩博士は、やがて眉根を寄せた。
「お前、これをどこで手に入れた?設計図は当然公表していないし、研究データに関して私は自宅に持って帰ってきたことも、外部に持ち出したことさえ一度も…」
はっと顔を上げ、部屋の隅に置かれた箱へと目を向ける。
「あれ…か」
「そう、Laev《レイヴ》-3シリーズ。何年か前に廃業した病院跡で見つけて、持ってきたんだ」
「廃病院から…」
愕然とした表情を浮かべる父親の様子を怒りと勘違いしたか、覚は慌てて手を振った。
「大丈夫!ちゃんと病原のチェックもして、分解前に洗浄だってしてあるから!」
「すべてバラした上で、メモリボードの内部さえ解析して図面に起こしたというのか」
「…うん」
さすがに基幹部の仕組みまでは補えず、研究所へのハッキングで手に入れたとは言えなかった。
今まで誰にも話したことはなかったが、昔からモニタの先にある
研究所のデータにアクセルし、結び目をほどいた先にあったLaev-3のファイルを開いた瞬間目にした緻密すぎるほどに積み上げられたプログラム。
それはまるで淡い雪の結晶が重なるような美しさだった。
ずっと憧れていた。ひたすら己の道を進む父に。
そんな父の仕事を誇りに思うと同時に、あの瞬間に覚えた感動は今でも鮮やかに思い起こせる。
だが、さすがにそこは火狩博士も世界を支え続けてきた研究者であり、科学者だった。
「この馬鹿者」
そう呟くとじろりと息子を睨んだ。
「お前は知らんだろうがLaev-3には微妙な誤差が生じることで、随分前に書き換えられている。旧ファイルはとうに破棄され、お前の示したこのマッピング、正式にはLaev-3αと呼ばれているものだ。」
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