第11話

 どこか痛むような表情を浮かべるヒビキに向かい、肩を竦める。

「俺はいつだって、俺がやりたいことをやってきただけだ。それと名前に関しちゃ、火狩ひがりであること自体が既にブランドネームみたいなもんだ。昔馴染みならともかくも、今更〝さとる″なんて名前で呼ばれたところで、当の本人が一番ピンと来ないってのが大きいんだよ」

 俺がヒビキシステムの発案者として立った時…いや、火狩博士が博士であった頃から、『火狩』は単なる姓ではなく、一種の総称になったのだと思っている。

 周知でない名前で何かを通すよりも、姓をかかげた方が色々なものの反応が桁違いなら、利用しないのが愚かというものだろう。

 だがヒビキは、そんな俺の言葉を投げやりか諦めとでも取ったようだ。

「火狩だけじゃないけど…ヤマトの人たちはそうやってすぐ謙遜する。何かを褒められると、まるでまっすぐに受け止めることを良しとしないように、偽悪になりたがるね。誰かのためになることが、恥ずかしいものなはずがないのに」

「謙遜なんて言われるほど、大げさなもんじゃないだろ」

 俺は苦笑する。


 ヒビキ、お前は知らないだけだ。

 はたから見て偽善だろうが偽悪だろうが、そんなものは本人が納得しているならばいくらでも、事実となるのだということを。そして俺が、火狩という姓を己の名以上に気に入っていることも。

 原始の哺乳類ほにゅうるいから派生し、腰蓑こしみのひとつで地上を歩いていた人類が急速な進化を遂げたのは、火を制した時からという。

 火を狩る。

 人類が火の使い道を覚え屈服させた意味を考えれば、火狩の名にはあらゆる起源を含みながらも、誰も知らぬ未来へと常に一歩先んじたいという、はるか昔のご先祖サマがたの願いのようなものが込められているんじゃないかと思えてならない。

 その執着ぶりがある意味潔くて小気味いいと言ったところで、誰も理解はしないだろうが。

「まあ、火狩博士の件に関しては…人間ってのはろうを得たところでしょくをも望んじまうから、かもしれないな」

「大望を抱いて満足なんか知らなくたって、火狩はいつだって自分のやりたいことをやってきたんでしょ?でも結局それを否定しちゃったの?謎かけみたいでさっぱりわからないよ」

 解釈の中になんだか色々と混ざっているが、唇を尖らせ不満げにこぼしながらも多重思考のできるこいつに人のような混乱は見られない。惑いはあっても迷いはない、それが少し羨ましい。


 なあ、ヒビキ。

 人類がいくら望んでも届かずに苦しんでいたものを、摑んだとされているこの手にも、届かないものはあるんだよ。

 力及ばずを思い知る瞬間はいつだって無力で、人には永遠に足るを知る時なんて訪れないんじゃないかと思う。

 いつかの未来にお前なら、そういう愚かしさを解した上で、何者にも不可能や限界なんてないのだと、俺たちに教えてくれる日が来るのだろうか。

「いや、それは無理か」

 ヒビキの存在自体、他ならぬ人である俺が作り出したのだ。

 たとえ人智を超えるそれに似たようなものになったとしても、すべてを知り、すべてを叶えられるという『神』そのものになることなど不可能というものだろう。

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