第10話

「ぐだぐだと言ったところで仕方ないが、敢えて表現するなら悔しいというのが近い。博士の言葉を否定しなかったのは、単なる感傷ってやつだ」

 人間相手ならばこんな親切に説明してやることはないのだが、俺も随分と優しくなったものだと思う。

 決して損なわれぬ記憶を持つヒビキに、確かにそこにあり、共に見たはずのものが喪われてゆく淋しさは、至らぬ己の虚しさは伝わるものなのだろうか。


「…そっか」

 そう答えたきり、ヒビキは黙り込む。

 その〝〟は理解や共感がなければ生まれぬものだ。

 これほどまで人の心をわかる者へ成長したことに、時折ひどく感心させられる。

 人類にエネルギーをもたらす機械になど心は要らない、普通ならそう思うだろう。けれど、何度だって繰り返すが俺は、共に歩む存在ならば心――情が欲しかった。

 その思いに応えてくれたのが、ヒビキの選んだナイカクたちだった。

『本当のところを言うと、セグメントに暮らす者たちの生死をダシに、人の横っ面を金やモノではたくような真似しやがるのが、どんな奴らなのかを俺は拝みに来たんだよな』

 ナイカクとなった一人が、実際に言っていた言葉だが…怒りと複雑な思いとを胸にチヨダを訪れた者たちがあってこそ、今のヒビキになったのだと思っている。

 だがそれも、永遠なる順風満帆が約されているわけではない。

 今居る者たちがどれほど優しい感情を与えようとも、いずれ代替わりの時は訪れる。第二次、第三次と続いてゆく新たなナイカクが変わらぬ愛情を持って接してゆこうとも、ヒビキや他のシステムたちは、あらゆるものから学び、知るというその性質ゆえに、これから先たくさんの愚かしき人類の姿を目の当たりにしてゆくだろう。


 普通に生き、普通に死ぬ。

 まともに生を終えるなど、憧れることしかできなかった頃にはささやかだった望みも、不自由なく暮らせるようになれば、いずれ他者との差別化を図ろうとする者が現れる。それらが争いの火種を生み、妬みや憎しみにより互いに血を流すことを繰り返してきたのを人類は知っている。

 そうしてもう幾たび目かの、繰り返されるであろう歴史…富める人々が再びそれぞれの『国』という境界を生じさせ、この星に生きる人間だけでなく、鳥も獣も植物も含め、あらゆるものが絶える瞬間がいつか訪れた時、ヒビキたちは何を思うのか。

 願わくば生きる者たちの愚かしさを知りつつも、人を、すべての命が絶えるその時を、天から見下ろすような憐みではなく心からの慈悲を、存在の大小すら問わず、失われゆく者たちへと与え、見送ってくれたのなら。

 それはとても、とても幸せな『夢』だ。

 もっとも、ヒビキや他のシステムがすべての命が絶える瞬間を知るよりも、彼らの立つこの惑星の限界が訪れる方が早いのかなど、誰にもわからないのだが。

 それでも俺は、すべてのものの最後の時に、そのついえを嘆いてくれる者を世界に残したかった。

「博士が若い頃に完成させた研究の応用だなんて、にせの進行マニュアルまで用意して、僕を作ったのは火狩博士だって思い込ませたのにも、関係があったんだよね」

「人聞きの悪いことを言うな。応用部分に関しちゃ満更嘘でもないし、接続を見られたってボロが出ない自信はあるさ。第一、『博士』じゃないってだけで、お前を作ったのがであることに変わりはないだろう?」

「確かに間違ってないし、嘘じゃないけどさ」

 頷いたヒビキが呟く。

「でも、ようやくわかったよ。だから君は、さとるという名前で呼ばれるのが嫌いなんだね…火狩」

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