生の意味を問うディストピア。

元来、人間が己の生を全うする事に対してひたむきになれるのは、
いつかは誰しもに死が訪れ、全てが終わる時が来るという、目を逸らしがちな事実が前提にあるように思います。

自分に与えられた時間は有限であり、いつかは全てが失われる時が来る。
だからこそ多くの人は、自分が生きた意味を求めるのではないでしょうか。

生きた意味の形は人それぞれあります。
自分の子供のために、より多くの富を遺そうとする人。
可能な限りの享楽を味わい、面白おかしく時を過ごそうとする人。
何らかの偉業を成し遂げ、歴史に名を刻もうとする人。

この世界は、一人の人間が全てを知るにはあまりに広い。
なればこそ、人は多様な文化の中から、自分にとって卑近なものに関心を寄せ、自らの生の時間を割く。
人々が、さまざまな価値観で各々の日々を精一杯生きているのは、そういった背景によるものです。

価値観が違うゆえに「他人の心の内側はわからない」のであり、
だからこそ、人がなす善行を、善であると盲目的に信じられるという部分もあるものです。

ですが、それが全て覆されたらどうなるか?

誰もが同じ価値観の下、生を終える瞬間に備える世界。
エサを奪い合って栄養を蓄え、羽化の時を待つ幼虫の群れと、何が違うと言うのでしょう。

本作は、人が人である所以を問いかける、メッセージ性の強い良作です。

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