輝夜姫の宝石箱

 エルニが少女の頭上に見たのは宝石箱に絡みつく蛇。


 同属同志争う姫も、二人組の姫も存在したが、独り歩きの姫は初めて見た。人間相手に後れを取ることが無いからか、ほとんどの者が己の決めた理を世界に広め、支配領域を広げようとする者ばかりだった。


 ちょこまかと逃げ回る少女を追いかけ、ようやく商品の搬入口から裏路地へ追い詰めた。


「あたしが何なのか分かってるなら話が早い。お前のギフトを渡してもらおうか」


「キミが警備員に捕まったら面倒なことになるから、やりやすいところに案内してあげたのに」


 馬鹿にするように、ため息を吐く。


「魔女か。やっぱり普通じゃないよね。白い魔女と会った時はまだ人間だったから見えなかったけど、なかなかどうして人間離れしているじゃない」


 輝夜姫はエルニの頭上に古ぶるしい箱を見ていた。表面の模様や細工を見るに、組木細工の箱らしい。


「やっぱりキミは、この世界の住人じゃあないんでしょ?」


「だったらどうだってんだ?」


 追い詰めたはずのエルニの声が、わずかにささくれ立つ。


「いやね、違う世界に放り出されて、よーく正気でいられるなと思ったんだけど……どうやら上手く調整されてるね?」


「…………」


「記憶がないとか? 当たりでしょ?」


 踏み込んだエルニの一閃は、輝夜姫の持つ見えない何かで受け流される。


「ボクは意味の収蔵をしているんだ。価値がある物なら、なおのこと大歓迎だよ」


 手を滑らせるその形は槍か剣か。間合いが掴めない。


「目に見える“物”は必要ないってこと。収蔵した後は壊しちゃってもいい」


 短剣を捨て、そのまま己の影に手を差し伸べるエルニ。影はその身を拘束し、道化めいた装束でエルニを包む。湧き出す無数の骨ばった青白い手が、巨大な漆黒の両手鎌をうやうやしく差し出した。


 輝夜姫は右手をエルニに向け、伸ばした人差し指を曲げるしぐさを2度繰り返した。


「!?」


 右の太ももと左のふくらはぎに衝撃。装束に空いた穴から血が流れている。


「意味がわかれば良いって言ったでしょ? 銃の仕組みくらい、とっくに収まってるよ」


 人差し指を口元に寄せ、硝煙を吹き消す真似をしてみせる輝夜姫。両手鎌を落としひざまづいたエルニに、影が歪な拘束着を着せる。引きずり込まもうとするように、身体中に青白い手がかかる。


「これを済ませたら、さっきの白子のお姉ちゃんも、ちゃんと収蔵しとかなきゃ。帰ってなきゃいいけど」


 睨み付けるエルニの眼光を、輝夜姫はほほ笑みで受け流す。


「上手く使いこなせた姫はいなかったようだけど、ボクたちの魔法は、その気になれば一人で一つ世界を作れるんじゃないかな?」


 小首を傾げながら、輝夜姫は己の頭上を指さす。


「頭の上のこれ、キミには別の形に見えてるのかな? これはその人の本質でしょ? 当たり?」


「…………」


「そんなことも覚えてないか。ともかく、キミのそれを収蔵すれば、ボクはもう一つの世界を手に入れることができる」


 両手を差し伸べ、組木細工の箱をいじる輝夜姫。物は壊すかばらせば確実に自分の物にできるが、人の経験や知識は箱を開けたほうが手っ取り早い。


「さすがにちょっと手ごわいね……」


 人間相手なら、誰の物でも開けられない物はなかった。百歳に近い老人の入れ子の箱でも、戦場での虐殺を隠していた男の金庫でも、多少手間はかかりこそすれ、必ず全てを輝夜姫の前にさらけ出した。


 それなのに。蓋をスライドさせ、ギミックを回し、ボタンを押し込んでも。エルニの箱は形を変えこそすれ、いつまでたってもその内部をさらさない。


「クソ、そんな……」


「開けないほうが良いんじゃねえか?」


 傷つき、影によって這いつくばる形にされているエルニが、地面に顔を擦りつけながらせせら笑う。


「馬鹿にするなッ!!」


 激昂し、エルニの頭を蹴り飛ばしながらも、輝夜姫は手を止めない。エルニには、輝夜姫の蛇が己の尾をくわえ、宝石箱が徐々に開きつつあるのが見えた。


「なんで? これを、こうして……あ……」


 焦燥しきった表情で膝をつく輝夜姫。その両手は複雑な動きを続けているものの、その目にはもうなにも映していない。


「足るを知るってやつだ。一つならともかく、二つ分の世界はお前にゃ荷が勝ちすぎてたんだろ?」


 腕の力で無理矢理地面から身体を引き起こすと、エルニは両手鎌で肉の輪になっていた輝夜姫の蛇を薙ぎ払った。



 短剣を杖に、よろよろと路地裏から歩き出すエルニを見付け、萌は駆け寄った。


「エルニ! どうしたの? 大丈夫? うわ、血が出てる!」


 慌ててハンカチで応急手当を施す。


「悪い。せっかくの服汚しちまったな」


「そんなの良いから! 歩ける? 病院行く?」


「いいよ。それより、肩貸せ」


 返答を待たずに覆いかぶさってくるエルニの体を慌てて支える。伝わる体温と汗の香りに思わず赤面。


「あ、あの子は? あのちょっとおかしな子。ひどいことしてないよねえ?」


「……酷い事されたのはあたしのほうだっての」


 家までのタクシー代は幾らかかるだろうか。少しだけ懐の心配をしたものの、萌はエルニの重みに心地よい充足感を抱いていた。

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