うさぎみたいだねって

「みずき? ……みずき!」


 鎌は身体に触れてさえいない。それなのに、力なくまがい物の海に浮かんだみずきにすがり、萌は泣き叫んでいる。エルニは少しだけ表情を曇らせ、拾ったナイフを己の影に放り込んだ。


「エルニッ!! みずきに何したの!!」


「そいつは姫になった。その原因を取り除いただけだ。殺しちゃいない」


「こ……殺してないって……」


 みずきはうつろな表情のまま。萌の呼びかけに反応する様子はない。


「正気に戻るかは分からない。あたしも今まで、そこまで気にしちゃいなかったからな」


 まなじりを釣り上げた萌は立ち上がると、物も言わずにエルニの頬を叩いた。


「ッてえ……何しやがる! こうなってたのはお前のほうだったのかもしれないんだぞ!?」


「みずきはそんなことしない!!」


 萌の頬が鳴る。


「おめでたい奴だな!! そこらに浮かんでる奴が目に入らないのか!?」


 エルニの平手打ちで吹き飛ばされる萌。立ち上がることもできずに、うずくまったまま嗚咽を漏らす。


「みずきは……! みずきは……!!」


「自分は親友だから見逃して貰えるってか? 他の連中はどうなってもいいのかよ?」


 激情を押し殺した平板なエルニの問いに、萌は答えられない。ばりばりと乱暴に頭をかきむしり、エルニは吐き捨てる。


「……何だよ、あたしだけが悪者だってのか……」



 部屋に闇が満ちる。灯りもつけぬまま、萌は膝を抱え目を伏せている。窓際に表情無く立つエルニは、それを見てまたため息を一つ漏らした。


 みずきとみずきに襲われた数十人の生徒たちは病院に運ばれた。


 駆け付けた救護員に対し、萌は何も説明できなかった。それでも街の半分を飲み込んだまがい物の海と、そこに生まれ泳ぎ始めた魚たちを目にすると、誰もそれ以上問うことはなかった。巻き込まれただけの少女には、貴属のことを理解し説明できるはずがないと、分かって貰えたからだ。


「……みずきはね、わたしの親友なの」


 エルニは視線だけを動かし、萌の背中を見る。


「わたしこんな見た目だから、幼稚園の頃からよくからかわれてたの。初めて会ったとき、みずきにも『うさぎみたい』って言われて」


「また苛められるんだと思って泣き出したら、『うさぎみたいで可愛い』って、そっぽ向きながら言いなおしてくれて……」


「体の大きな男の子相手でも、いつも守ってくれて。だから、今度はわたしがお返しするばんだったのに……」


 肩を震わせ、声を殺し泣く萌。


「あいつは貴属になったんだ。仕方ないだろ」


「貴属になっちゃったら、もう分かり合えないのかな……?


 エルニは答えない。


「わたしたちは……分かり合う努力をしたかな?」


 エルニに答えることは出来ない。


「答えてよ、エルニ……」


 月明りだけが照らす部屋の中、萌のすすり泣きだけが響く。


 エルニにとって今までにも後味の悪い狩りは幾つかあった。だが、そのどれもが不可抗力。ギフトを手放す姫は存在しなかったし、ギフトを失うなら姫はその意思も失くしてしまう。そしてエルニも、ギフトを収集する使命を捨てるつもりはなかった。それだけが、自身が何者であるかの問いに答える手がかりだったからだ。


(一つ所に長居しすぎたか……)


「Happy Birthday to you~」


 こきりと首かしげ、ベッドの上でクマのぬいぐるみが歌い出した。


「Happy Birthday to you~」


「誕生パーティー、出来なくなっちゃったな」


 萌が寂し気なほほ笑みを浮かべる。


「Happy Birthday Dear Moe」


 歌うクマの背中の縫い目が裂けてゆく。クマのダニーを迎えようと両手広げていた萌の目の前に、黒いタキシードを着た男が姿を現した。


「誕生日おめでとう、萌」


「あなたは……あしながおじさん?」


 反応が遅れた。萌の前でうやうやしく一礼する壮年男性の頭上に、おぞましい物を目にしたエルニは、逆刃の鎌を取り出すべく己の影に手を伸ばす。


「てめぇ! 一体なに――」


 踏み出すつもりの足が動かない。窓からの月明りで落ちるエルニの影。そこから伸びた白い腕が彼女の足を掴んでいる。


「時間だよ――」


 腕に続き影から湧き出した少女の顔は、エルニの物と相似形をなしていた。


「――今度は私たちがギフトを受け取る番」


「エルニ!?」


 振り返り叫ぶ萌の目の前で、エルニは影の中に引きずり込まれた。

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