うさぎみたいだねって
「みずき? ……みずき!」
鎌は身体に触れてさえいない。それなのに、意識を失ったみずきは、力なくまがい物の海に浮かんでいる。萌は漂うみずきの身体に
「エルニッ!! みずきに何したの!!」
「そいつは貴属になった。その原因を取り除いただけだ。殺しちゃいない」
「こ……殺してないって……」
みずきはうつろな表情のままで、萌の呼びかけに反応する様子はない。
「意識を取り戻すのかまでは分からない。あたしも今まで、そこまで気にせず先に進んできたからな」
まなじりを釣り上げた萌は立ち上がると、物も言わずにエルニの頬を叩いた。
「ッてえ……何しやがる! こうなってたのはお前のほうだったのかもしれないんだぞ!?」
「みずきはそんなことしない!!」
萌の頬が鳴る。
「おめでたい奴だな!! そこらに浮かんでる奴が目に入らないのか!?」
エルニの平手打ちで吹き飛ばされた萌は、立ち上がることもできず、
「みずきはッ……! みずきはッッ……!!」
「自分は親友だから見逃して貰えたはずだってのか? それじゃあ、他の連中はどうなってもいいのかよ?」
激情を押し殺し、平板な声で問うエルニに、萌は答えることが出来ない。聞こえよがしのため息を吐き、ばりばりと乱暴に頭を
「……何だよ、あたしだけが悪者だってのか……」
§
日はとうに落ち、部屋に闇が満ちてゆく。灯りもつけぬままの部屋の隅、壁に向かった萌は、膝を抱え目を伏せている。窓際に表情無く立つエルニは、それを見てまたため息を一つ漏らした。
みずきと、みずきに襲われた数十人の生徒達は病院に運ばれた。
駆け付けた救護員に対し、萌は何一つ満足に説明できなかった。
それでも、街の半分を飲み込んだまがい物の海と、そこに生まれ泳ぎ始めた魚たちを目にすると、誰もそれ以上問うことはなかった。
巻き込まれただけの少女には、貴属のことを理解し説明できるはずがないと、誰もが知っていたからだ。
「……みずきはね、わたしの親友なの」
エルニは視線だけを動かし、萌の背中を見る。
「わたしこんな見た目だから、幼稚園の頃、よくみんなにからかわれてたの。初めて会ったとき、みずきにも『うさぎみたい』って言われて」
「また
「体の大きな男の子相手でも、わたしをいつも守ってくれた。だから、今度はわたしがお返しするばんだったのに……」
萌は肩を震わせ、声を殺し泣いている。
「あいつは貴属になったんだ。もう元には戻れない。仕方ないだろ」
「貴属になっちゃったら、もう分かり合えないのかな……?」
エルニは答えない。
「わたしたちは……分かり合う努力をしたかな?」
エルニには答えることが出来ない。
「ねえ、答えてよ、エルニ……」
月明りが差し込む部屋の中、萌のすすり泣きだけが響く。
今までにも、エルニにとって後味の悪い狩りは幾つもあった。だが、そのどれもが不可抗力。エルニだって命を懸けてきた。自らギフトを手放す姫は存在しなかったし、ギフトを失えば姫はその意思も失くしてしまう。そしてエルニも、ギフトを収集する使命を捨てるつもりはなかった。それだけが、エルニが何者であるのかという問いに、答を与えてくれる手がかりだったからだ。
(柄にもない。一つ所に長居しすぎたか……)
このまま立ち去ろう。萌に掛ける言葉を持たないエルニがそう決心した時、部屋の中に歌声が流れ始めた。
「Happy Birthday to you~」
歌い出したのは、ベッドの上でこきりと首かしげたクマのぬいぐるみ。
「Happy Birthday to you~」
「誕生パーティー、出来なくなっちゃったな」
ベッドから飛び降りたぬいぐるみに、萌は寂し気なほほ笑みを浮かべた。
「Happy Birthday Dear Moe」
歌うクマのぬいぐるみの、背中の縫い目が裂けてゆく。クマのダニエルを抱き上げようと、両手広げていた萌の目の前に、黒いタキシードを着た男が姿を現した。
「誕生日おめでとう、萌」
「あなたは……もしかして、あしながおじさん?」
萌の前でうやうやしく一礼する壮年男性の頭上に、エルニはかつてない程おぞましい物が浮かんでいるのを見た。
(男なのに貴属か? クソッ! おかしな感傷に浸ったせいで、反応が遅れた!!)
エルニは、逆刃の鎌を取り出すべく己の影に手を伸ばす。
「てめぇ! いったい何者――」
踏み出すつもりの足が動かない。窓からの月明りで落ちるエルニの影。そこから伸びた白い女の腕が、彼女の足を掴んでいる。
「時間だよ――」
腕に続き影から湧き出した少女の顔は、エルニの物と
「――今度は私たちがギフトを受け取る番」
「エルニ!?」
振り返り叫ぶ萌の目の前で、エルニは自らの影の中に引きずり込まれた。
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます