穏やかな日々は

「おきて、もえ」


 カーテンの隙間から漏れる光が綾目を描いている。毛布に潜り込み再び眠りに落ちようとするも、クマのぬいぐるみが邪魔をする。二度寝を楽しむのをあきらめ、とう森萌もりもえはベッドに身を起こし伸びをした。


「おはよう、ダニー」


 丸い手でカーテンを開けようと四苦八苦しているぬいぐるみを手伝い、外を眺める。二月の空は晴れ渡り、暖かくなりそうな気配。珍しく、翅を持つ妖精が庭の木々の間を飛び回るのが見える。琥珀色の瞳を眩しげに細めると、萌はスリッパを突っかけ寝室を後にした。


 今日は休日。洗面台に向かい、ゆっくり身支度を整え始める。真っ白な髪、蒼白い肌。光の加減によって、赤にも琥珀にも色を変える瞳。萌の容姿は遺伝性疾患の白子症の特徴を表していた。


 眉根を寄せ、真剣な表情で鏡の中を覗き込む。鼻の辺りに浮かぶそばかすは、今日も薄くなったようには見えない。入念に乳液を塗りこみ、軽くため息。


 テレビを横目に、ネグリジェ姿のまま朝食を摂る。キャスターが読み上げる貴属関連のニュースは、推測ばかりのあやふやなもので、正直萌にはその意味するところが理解できていない。


 貴属きぞく。一体ごとに異なる現象を引き起こす彼女ら――現時点まで確認された者は、全て年若い女性に限られている――は戯れにヒト科キ属、あるいは童話になぞらえ何某姫と呼ばれた。


 人の姿を持ちながら、世界を改編するほどの力を持つ存在。それ以上のことは誰も理解していない。彼女たちが一人現れるたび、世界は様変わりを続けた。


 普通の少女として生活していたはずの彼女たちが、何を切欠とし力を得たのか。何を理由とし選ばれたのか。活動している彼女らを調査できる者など存在せず、今もって謎のまま。


 力を失った姫も確認されているが、その力とともに意思も失ってしまうらしく、何の手がかりもない。ただ彼女たちが世界を変えた痕跡だけは紗を掛けるように残り続け、今に至っている。


 萌が幼かった頃は、森に妖精は存在しなかったはずだし、ぬいぐるみも動き出すことはなかったように思う。世界のことわりが書き換わるため、己の記憶が確かなのかさえ、萌自身にも断言できない。


 それでも、萌の住む街の近くに貴属が生まれなかったのは幸いな事なのだろう。街が一晩で森に沈んだり、空を貫く大木が生えるような、大きな変化に巻き込まれることなく暮らせている。もうすぐ16歳の誕生日。萌はいつまでもこの穏やかな毎日が続くことを願っている。



『今日の水瓶座の運勢は絶好調です』


 朝のニュース番組の占い結果を思い出し、萌は頬をゆるめた。朝食の目玉焼きの黄身は双子だった。どうにも占いは当たっているような気がする。嬉しさにくるくると日傘を回しながら歩く。強い日差しに弱いので、外出時、日傘に日焼け止めクリームは欠かせない。


「運命の出会いがあるかもしれませんよ?」


 占いの続きを口にし、高まる気持ちのままふわりとターンする。ゆったりと編んだ真っ白な三つ編みが、忠実な子犬の様に萌の舞に従う。よろけて電柱にぶつかりかけたけれど、上手く避ける事が出来た。お気に入りの白いレースの日傘は無事。やはり運勢は上々のようだ。


 寒い季節に出がちな咳も、朝から出ていない。ここしばらく体調は落ち着いている。春物のワンピースも良い色のものが手に入ったし、図書館で予約していた本も受け取れた。家に帰ったら夕方まで本を読んで、今晩は少し凝ったものを作ろう。


 少し遠回りしたい気分。浮き立つ心のまま、萌は寄り道することに決めた。ボートに乗れる池のある、大きな公園。入り口近くにアクセサリーを売る露店が出ていたが、遠巻きに眺めるだけで済ませる。要領が悪い萌は、セールストークを断り切れず、いらないものまで買うはめになることが多いからだ。


 軽食を売る売店で何か買おうかと眺めていたら、客が一人も並んでいない、アイスクリーム屋のおばさんと目が合った。温かいものが欲しかったので、にっこり笑ってやり過ごそうとするも、にっこりほほ笑み返される。


「いらっしゃい」


「えーっと……ラムレーズンを一つ、コーンで……」


 幸運はここまでかもしれない。気持ちが萎えかけるが、気分を立て直しベンチを探す。家族連れならまだしも、やっぱりカップルの隣は気恥ずかしい。散歩がてらに公園を散策し、萌はようやく見つけたベンチに腰を下ろした。


 ちょっとした運動になったし、日差しも強い。ぽかぽかと温かい身体に、少し溶けたアイスはとても美味しく感じる。やっぱり占いは当たっている。木立に遊ぶ小鳥を眺めていた萌は、隣のベンチに寝転ぶ人影に目をとめた。


 先客は、毛布代わりの皮のコートに身を包み眠っている。乱れた藁色の頭髪から推すに、外国からの旅人だろうか。少年めいたきれいな顔立ちの少女。歳は同じくらいか。


 何が起こるか分からない、貴属の領地を避けて旅をするのは難しい事ではないが、昨今旅行者は非常に珍しい。ましてや外国からとなると、極めてまれだ。


 ひょっとして、宿を見付けられずにここで夜明かししたのだろうか? だとしたら気の毒な話だ。そんなことを考えながらぼんやりと眺めていたら、ぎろりと開いたシアンの瞳と目が合った。


 なんだか凄く見られている。気の小さい萌にしてみれば、睨まれていると感じるほどに。じろじろ見られて気を悪くしたんだろうか? 慌てて視線を逸らすも、少女は萌に視線を絡めたまま外さない。


(白子の容姿が珍しいの? でも、自分だって似たようなものじゃないのよう……)


 内心不満を抱くも、顔に出して気取られるのも怖い。機械的になめ続けるアイスも緊張のせいで、もはやラムレーズンの甘酸っぱさも感じない。


 この場から逃げ出す方法を考え続けていた萌は、覚悟を決め少女に向き直った。


「召し上がらります?」


 失敗した。お腹が空いているだけなのかも知れないとアイスを差し出すも、舌が絡まってしまった。


(うはぁどうしようカッコ悪い!!)


 旅人はのそりと身を起こすと、内心身悶えし続ける萌の隣に席を移す。差し出す形で固まったままの手からアイスをもぎ取ると、萌から視線を外さぬまま、ばりばりと猛烈な勢いで食べ始めた。


「やっぱり、お腹空いてたんだねえ……」


 タイミングを計り、さりげなく立ち去ろうとした萌だが、編んだ後ろ髪を引かれ姿勢を崩す。


「ふあっ!?」


 三つ編みを掴んだ少女もつられて力なくベンチから転がり落ち、二人絡まるように倒れ込んだ。


 少女のお腹がくぅと鳴く。仰向けに倒れた萌には、突っ伏した少女の表情は伺えないが、耳まで真っ赤に染まっていた。


「えーっと……お昼いっしょに食べる?」


 倒れたままで声をかける。萌は初めてこの旅人に親しみを覚えた。

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