ヒメニナル

フジムラ

茨の国の眠り姫

 追いすがる5人目の砂男を叩き伏せ、ようやく石造りの城壁にたどり着いた。


 エルニが眠り姫の領土である茨の国に入り既に10時間が経過している。かわしきれずに目に入った砂が猛烈な眠気を誘うが、まだ足を止める訳にはいかない。歩みを止めればすぐにでも荊の蔦が足を這い上がってくる。


 城門には太い蔦が幾重にも絡み付いている。短剣一本で刈り払い門を開くのは不可能に近い。眠り続ける国民から精神力を吸い上げ、蔦は斬り払うそばから何度でも生え変わってしまう。絡め取られないよう気を配りつつ、エルニは蔦を手掛かりに城壁を登り始めた。


 押し入った城内は無人。寝所へと駆けるエルニの行く手を阻む者はいない。眠り姫の居城に踏み込める人間がいるはずもないとの油断か。城の最奥部、天蓋付きの巨大な寝台に横たわったまま、城の主である貴属きぞく・眠り姫はエルニを出迎えた。


『ここに辿り着けるのは、私を心から求めてくれる方だけのはずなのに』


 脳裏に響く眠り姫の声。豊かな黒髪を寝台の上に泳がせる姫の頭上に、身体に茨を絡み付けた蛇が形を取り始める。


 それはエルニが見る心の象徴。天蓋をはみ出すほどの大きさになった蛇は、ゆるゆるととぐろを巻き、その中心に一本の紡錘ぼうすいを守っている。


『それとも王子様ではなく、あなたが運命の相手だというの?』


 乱れた藁色の髪の下、シアンの瞳が不機嫌そうに歪められる。


「知るかよ。それだけあんたの持ってるギフトが要り用だって事だよ」


 エルニの影が液体のように揺らめく。リボンのように伸びた影はエルニに絡みつき、その体を拘束着めいた装束で包む。頭には鈴の付いた道化帽。


『その顔は……魔女?』


 エルニが右腕を差し伸べると、影から湧き出した無数の筋張った細い腕が、巨大な漆黒の両手鎌をうやうやしく捧げる。


『やめて! どうしていまさら私の願いの邪魔をするの!?』


 紡錘に裂けめが浮かび、閉じた瞼が血の涙を流す。


 背の部分に刃を砥がれた逆刃の鎌。エルニは一片の躊躇もなく、踏み込むと共に逆薙ぎに払った。


 千人の囚人の嘆くような悲鳴を上げたのは、断ち切られた蛇か闇色の逆刃の鎌か。


「そんなの、あたしが知りたいよ」


 眠り姫の枕元に落ちた紡錘を手にし、エルニは呟いた。


 背中越しに投げた紡錘を、影から伸びる無数の小さな白い腕が、奪い合うように沈めてゆく。


「……あと……幾つだ?」


 膝から崩れ落ちたエルニは、そのまま意識を断ち切るように眠りに落ちた。

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