ヒメニナル
藤村灯
第1話 茨の国の眠り姫
追いすがる五人目の砂男を叩き伏せ、ようやく石造りの城壁にたどり着いた。
エルニが眠り姫の領地である茨の国に入り、既に十時間が経過している。
かわしきれずに目に入った砂が猛烈な眠気を誘うが、まだ足を止める訳にはいかない。歩みを止めればすぐにでも荊の蔦が足を這い上がってくる。
城門には太い蔦が幾重にも絡み付いている。短剣一本で刈り払い門を開くのは不可能に近い。
蔦は眠り続ける国民から精神力を吸い上げ、斬り払うそばから何度でも生え変わってしまう。絡め取られないよう気を配りつつ、エルニは生い茂る蔦を手掛かりに、城壁を登り始めた。
押し入った城内は無人。寝所へと駆けるエルニの行く手を阻む者はいない。眠り姫の居城に踏み込める人間がいるはずもないとの油断か。
城の最奥部、天蓋付きの巨大な寝台に横たわったまま、城の主である貴属・眠り姫はエルニを出迎えた。
『ここに辿り着けるのは、私を心から求めてくれる方だけのはずなのに』
脳裏に響く眠り姫の声。
豊かな黒髪を寝台の上に泳がせる姫の頭上に、身体に茨を絡み付けた蛇が形を取り始める。それはエルニが見る心の象徴。
天蓋をはみ出すほどの大きさになった蛇は、ゆるゆるととぐろを巻き、その中心に一本の紡錘を守っている。
『それとも王子様ではなく、あなたが運命の相手だというの?』
乱れた藁色の髪の下、シアンの瞳が不機嫌そうに歪められる。
「知るかよ。それだけあんたの持ってるギフトが要り用だって話だよ」
エルニの影が液体のように揺らめく。
リボンのように伸びた影はエルニに絡みつき、その体を拘束着めいた装束で包む。頭には鈴の付いた道化帽。
『その顔は……魔女?』
エルニが右腕を差し伸べると、影から湧き出した無数の筋張った細い腕が、巨大な漆黒の両手鎌をうやうやしく捧げる。
『やめて! どうしていまさら私の願いの邪魔をするの!?』
紡錘に裂け目が刻まれ、形作られた瞼は閉じたまま血の涙を流す。
背の部分に刃を砥がれた逆刃の鎌。一片の躊躇もなく、踏み込むと共にエルニはそれを逆薙ぎに払った。
千人の囚人の嘆くような悲鳴を上げたのは、断ち切られた蛇か闇色の逆刃か。
「そんなの、あたしが知りたいよ」
眠り姫の枕元に落ちた紡錘を手にし、エルニは呟いた。
背中越しに投げた紡錘を、影から伸びる無数の小さな青白い腕が、奪い合うように沈めてゆく。
「……あと……幾つだ?」
膝から崩れ落ちたエルニは、そのまま意識を断ち切るように眠りに落ちた。
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