お化け屋敷とグリーンゲーブルズ

 肩を並べて家へと帰る道を歩く。旅人の少女の青い瞳は、萌のものより5センチほど高い位置にある。宝石の様なそれを横目でちらちらと盗み見ても、少女が何を考えているのかはよく分からなかった。


 はらぺこらしい少女をもてなすには、外で済ますよりも家へ招待したほうが安上がりだろう。そう判断し、帰り道商店街に寄りいつもより多めの買い物を済ませる。


 自分が作れる料理のレパートリーから、客人に出しても恥ずかしくないものを検討していた萌は、まだ隣を歩く旅人の名前すら知らないことに気が付いた。


「自己紹介がまだだったね。わたしは萌。塔ノ森萌。あなたは?」


「エルニ」


 公園ではあれだけじろじろ睨み付けていたのに、今度はそっぽを向いたまま呟くように応えを返す。エルニの反応に心が折れそうになる。だけど、悪い人じゃないという自分の直感を、萌は信じることにした。


「旅行中? どこから来たの?」


「……忘れた。遠いところだ」


 眉をひそめて呟いた横顔が、今にも泣きだしてしまいそうに見えて。萌は慌てて話題を変えた。晴れの日にまとめて洗濯する気持ちよさ。学校の友人の口癖。今日手に入れた服の色。


「ああ、そうだ。わたしあさってが誕生日なの。お祝いしていってね!」


 きょとんとした表情のあと、エルニは少しだけ口元をゆがめ頷いてみせた。微笑んでみせたつもりらしい。


「ここがわたしの家だよ」


 旧家が立ち並ぶ住宅街を抜け、古いレンガ塀沿いの坂道を登った後、萌が指したのは古びた洋館だった。


 塀で囲われた広い敷地には木々が生い茂り、原生林の様相を呈している。屋敷自体も手入れが行き届いていない様子で、塀越しに見えるL字型に曲がった建物の北の棟は、屋根の一部が抜け朽ち果てたままになっている。


「お化け屋敷とか呼ばれてるけどね」


 あいまいな表情を浮かべ屋根の穴を見るエルニに、萌は苦笑して見せた。


 門から続く小道には白い小石が敷き詰められ、玄関前にはこぢんまりとした花壇が設えられている。小道の脇に立つ木製の郵便受けには木彫りの小鳥。北側の棟とは違い、壁は白、屋根やポーチの柱や雨戸は緑の塗料で塗られ、塗り跡はまだ新しい。


 一転して広がる少女趣味な風景にエルニが怪訝な顔をする。萌の手に負えるのは小ぶりなこちらの棟だけで、屋敷のほうが広すぎるだけだ。


「一人で住んでるから、こっちの棟しか使ってないの。維持管理の業者さんは、3か月に一度来てくれるんだけどね」


「金は持ってるのか? 維持費だけでずいぶん掛かりそうだが……」


「可哀想な女の子には、あしながおじさんが付いてるものだよ」


「あしながおじさん?」


「そう。誕生日には会って貰えるって!」


 萌自身、援助をしてくれている後見人の素性をよく知らない。身の回りのことを自分でこなせるようになってからは、手ごろなアパートにでも越したほうが安上がりだと考えたが、ここに住む事は顔も知らない後見人から指示されたこと。


 理由があって名乗り出る事のできない遠縁の親戚の住まいだとか、祖母の代の恋愛話が絡んでいるとか。折々届けられる手紙やメッセージカードだけを手掛かりに、萌はいつも想像を働かせていた。


「光源氏じゃなきゃいいよな?」


「あら。それも素敵じゃないのよう!」


 盛り上がらないエルニの表情に、唇を尖らせる萌。


 正面の棟の中でも使っている部屋はわずかだ。エルニはまだ北側の棟に目を向けている。まさか、お化け屋敷呼ばわりが怖かったのか。棲みついているとしても、このへんにはせいぜい害のない妖精くらいしか出ない。


「ようこそエルニ。歓迎するよ!」


 旅人の懸念を吹き飛ばすように、萌は明るく玄関扉を開いてみせた。

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