ごはんにしよう!

「……遅い」


 エルニはいらいらとテレビのリモコンを操作した。受信できるのはわずか2局。先ほどからニュース番組とキッズアニメを、何度もくるくると切り替えている。


 萌に『すぐお昼にしますからねえ』と、居間に通されてから既に5時間が経過している。キッチンから流れる調子っぱずれなハミングに、時折物の壊れる音や、わあだのきゃあだのの悲鳴が混じる。いったい何を作っているんだ? エルニは殺気交じりの凶相を向けると、


「ひ・る・め・し・はまだ出来ないのか?」


 一音ごとに呪いを込めるようにうめいた。


「もうすぐですよ。美味しいのが出来ますからねえ」


 エルニの皮肉は通じる事無く受け流され、再びほわほわと甘いハミングが流れ出す。空腹と敗北感に押し潰され、エルニはソファに崩れ落ちた。


 しかし、あれは何なんだろう? 8杯目の紅茶を自分で淹れながら、萌の頭上に見たものを思い返す。ギフトを狩るために必要なセカンドサイト。エルニが見るのは人の心の象徴だ。


 萌のそれは、赤い目をした小さな白蛇。パステルカラーの花畑から、恥ずかしげに顔を覗かせていた。それは萌が見た目通りのお花畑の住人だということだが、エルニにはそれが腑に落ちない。


 孤児があのような何の歪みも見せない人格を育めるものか? 善人だとか悪人だとかの問題ではない。生きているだけで、歪む事も汚れる事も避けられないという話だ。それとも、萌のあり方を理解出来ないほどに、エルニが人の暗部を見続けてきただけなのか。


 苛立ち交じりの思考を切り替える。不自然ではあるが、貴属であるなら当然持っているはずのギフトの痕跡はなかった。眠り姫との対峙からまだ一週間も経っていない。ギフトを配り歩く白い魔女の足取りも掴めないまま。そうそう都合よく連戦になるとも思えない。


「それに、姫君の城にしちゃあ、ここは少々お粗末に過ぎる」


 考えすぎだ。そう結論付け、3度目の花摘みに行くべきかと思案し始めたころ、萌がひょこりと居間に顔をのぞかせた。


「ごはんできたよ!」



 料理は5時間待たされただけの事はある代物だった。少なくとも、量に関しては。


 クリームシチュー、ベーコンとアスパラのパスタ、トマトとキノコのオムレツ、大根とホタテのサラダ、鯖の味噌煮に肉じゃが、ほうれん草の胡麻和え。籠にはバゲットやロールパンが盛られ、炊飯器には炊き立てのご飯が湯気を上げている。


「と……統一感……」


「うん?」


 白い清潔なテーブルクロスが敷かれ、花が飾られたダイニングテーブルに並べられた料理の数々は、どう見繕っても6人分はあった。メニューの統一感は皆無だが、どの皿もテーブルに並べる直前に仕上がるよう、計算して調理したものらしく、暖かな湯気が立ち上っていた。


「誰かに食べてもらうのは久しぶりだから、少し張り切っちゃったよう!」


 誇らしげな声の萌。


「どれか2皿……いや、一皿でいいから、4時間前に食わせて欲しかったな」


「うん?」


 エプロン姿で腰に手をあてる萌が首をかしげる。


 おざなりに肯いて見せながら、エルニはテーブルに付くやパスタを取り分け食べ始めた。


「ちょ、手は洗った? いただきますは? 神様にお祈りとかしないの?」


 エプロンを脱ぎながらテーブルに付いた萌は、唇を尖らせてエルニをたしなめる。


「ふぃははひまふ」


 ブッディストよろしくこれ見よがしに合掌し、口いっぱいにパスタを頬張ったままもごもごと呟くエルニ。


「お行儀悪いよう!」


 いただきますと手を合わせると、萌はオムレツを半分取り分け、ケチャップでスマイリーを描き始めた。


 萌に対して言いたい事は山ほどあった。しかし、数日ぶりのまともな食事を前にして、そのどれもが些細な事にすぎなかった。空腹は最上のスパイスだという事を差し引いてみても、萌の料理の腕は確かだった。時間をかけ、得意な物だけを作ったという事もあるのだろう。


 ご飯を催促しつつ様子を伺うも、目の前の少女からは、純粋に得意料理を客人に食べて貰える喜びだけが伝わる。


(なんだ、やっぱりこの白いのは天然ものじゃないか。行き倒れを家に上げ、できる限りのもてなしをするなんて、確かにお花畑にすぎる)


 エルニの食べっぷりが嬉しいのか。妙ににこにこしている萌を横目に、鯖の味噌煮に取り掛かる。


「エルニは旅行の途中? どこに行くつもりなの?」


 自分の茶碗にもご飯をよそいながら萌が尋ねた。


「どこでもない。あたしのは旅行じゃなくて、旅だから」


「?」


「行くあてがあるんじゃない。やる事があるだけだ」


「……そう」


 言い切るその強さに、言葉以上の物を感じ取ったのか、萌はもごもごと口籠る。重ねて問われても答えられる内容でもないが、曇った表情に少しだけ気が咎めた。


「長い旅だ。いろいろなものを見てきた」


 様々な国の景色。人々の暮らし。貴属の領土。砂漠の城。架空庭園。空に届く大樹。預言する岩。妖精市場。空を渡る竜の群れ。世界が変わる前からある風景と、姫君たちが生み出した光景。見たこともない世界の話に、萌は瞳を輝かせて聞き入っている。


「すごいね。わたしも卒業旅行くらいはしてみたいなあ」


「食事の礼だ。柄じゃないが、見たものを話すくらいはいくらでもしてやれる」


 姫の世界改編の影響の少ないこの街の住人には、いい土産話だろう。エルニの旅の目的を話して聞かせるまでもない。


「どのみち、あたしの旅の終わりはすぐそこだ」


「?」


 自分に対し弁明する愚かしさに、何故だかエルニは気付かなかった。


 話すうちにお腹がくちくなってきた。ずいぶん食べたつもりだったが、テーブルの上にはまだ3人分以上の料理が残っている。残り物を片付け、食後のお茶を出した萌は、時計に目をやりながら、なにやらもぞもぞしている。


「あのね、エルニ。このあとどうするの?」


 時刻は8時を過ぎている。いつもならエルニもとうにねぐらを見付けている頃合いだ。


「もし良かったら、泊っていかない?」


 屋根の付いた所に泊まれるのなら、断る理由はない。見返りを求められないのならなおさらだ。萌からの申し出がなければ、使われていない北の棟に忍び込むつもりでいた。


「ありがとう。助かる」


 そっけなくも感謝のこもった返答に、萌は満面の笑みを見せた。

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