第8話 下着もだよ!
午前中だけの授業を終えた萌はエルニとともに、電車で二駅先の街に買い出しに出掛けた。一緒に来るはずだったみずきは残念ながら急な予定が入ってしまったようだ。
エルニのことを紹介して、悪い人ではないと納得してもらうチャンスだと期待していたのだが。ふたりを会わせるのはお誕生会の楽しみに取っておくことにする。
駅を出てすぐのショッピングモールに入り、婦人服コーナーに向かう。買い物に付き合ってくれるよう誘いはしたが、実の所お誕生会の準備はもう半分ほど済ませている。萌の今回のメインイベントはエルニの服を見繕うことのほうだ。
整った容姿。すらりと長い手足。滑らかな肌。程よく引き締まった身体。
お風呂上がりの一糸まとわぬ姿を見てしまってからずっと、萌はエルニにお洒落をさせたくてうずうずしていた。ぼさぼさの髪に、くたびれたコートや薄汚れたパンツでは勿体ない。
「それじゃあ、ここからね!」
気乗りしない顔のエルニの手を引く萌だったが、いつもはみずきと一緒でなければ気後れして入りづらいショップだ。萌には似合いそうにないお姉さん向けの服でも、エルニのスタイルならきっとモデルのように着こなしてしまうに違いない。
しかつめらしい顔で商品を選ぶ萌。まずはエルニの髪と肌の色を考慮し、落ち着いたフェミニンなイメージでまとめてみる。
「これはちょっとヒラヒラし過ぎだろう」
「えーなんでー? 似合ってるのに。じゃあ、これ」
今度はあえて反対に、寒色系の大人っぽい雰囲気で。
「布足りなくないか?」
「そういうデザインなの!」
みずきが萌に着せたがるような、フリルやレースの多いガーリーなチョイス。
「カワイイ!!」
「柄じゃねえよ……」
お次はエルニ本来のイメージに合わせ、ボーイッシュな感じで。パンツではなくスカッツなのは譲れない。
「実用的じゃないだろ?」
「そういう基準で選んでないよう!」
お洒落着でも普段着でもなく、旅装束しか頭にないのかもしれない。萌なりにエルニに似合う組み合わせを選んでいるつもりだが、何を着せてみても結局エルニには文句を付けられそうな気がする。
どうせ反対されるならとことん趣味を押し付けて、童話っぽいクラシカルなものを。
「やっぱりこれは合わねえよ……」
「そんなことないよう! すごく似合ってる!」
五回目の試着で早くもエルニは音を上げた。萌も着せ替えを楽しむのを主眼でチョイスしていたので、エルニに気に入られても予算が足りなかったのだが。
「それじゃあ、こんな感じで?」
エルニの抵抗が比較的小さかったシンプルなボレロと揃いのワンピースに、処分価格のダッフルコートを合わせる。これならかろうじて萌の予算内だ。
「レギンス履けば、スカートでも大丈夫だよ」
疲労に羞恥をブレンドした微妙な表情を見せるエルニだったが、ほんのちょっぴりの嬉しさが混じっているように見えるのは萌の気のせいばかりではないはず。
萌は清算前エルニが見ていないうちに、レギンスを飾り気のない物から、サテンリボン付きのガーリーなデザインの品とこっそり取り換えた。
「あとは下着だね!」
「そ、そこまでして貰う義理はないよ。替えの下着くらい自分で用意する」
「ちゃんとお金持ってるの? はらぺこでひとのアイス食べ尽したうえ、髪をつかんで逃がさなかったの誰だっけ?」
「う……それは」
「せっかくだから、この服に着替えて行こうね!」
萌は逃げられないようエルニの腕を抱きかかえ、ランジェリーショップに向かう。中学二年生になった時、初めてみずきに連れこられた店だ。
それまで衣料品売り場で下着を買い揃えていた萌にとって、足を踏み入れるには敷居が高すぎる場所だった。それが今は萌自身が友人を連れてくる側になれるとは。誇らしさと使命感で胸を一杯にし、萌は慎重にエルニの下着を選び始める。
「エルニ、胸のサイズは?」
「ん? ……うーん?」
今エルニが身に付けているのは、萌が予備で買っておいたブラトップのキャミソールだ。洗濯し家に干してあるスポーツブラはカップのないくたくたの代物だった。
「自分のサイズくらい把握してなきゃダメだよ。ちゃんと測ってもらわないとね!」
いつかみずきに聞かされた台詞そのままにお姉さんぶって諭す萌に、エルニはげんなりした表情を返した。
サイズ計測を済ませると、萌はわくわくしながら店内を見回した。色とりどりの可愛い下着が並んでいる。それなのに、エルニはシンプルな商品ばかり手に取り値札しか見ていない。
「試すだけならいいよねえ?」
萌は自分では絶対身に付けられないような大人向けのビスチェやガーターベルトを手にし、試着室の前でちらちらとエルニに視線を投げる。
「やめろ。頭の中で着せ替えるのもやめろ!」
首筋まで赤くなったエルニは抗議の声を張り上げた。
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