第7話 宮内みずきが云うことには

 冬枯れたポプラの並木道を、思い思いの挨拶を交わしながらコート姿の学生達が歩いて行く。いつもと変わらぬ登校風景。どこか気だるげな表情が目立つのは、期末試験を終え春休みを待つだけの期間だからか。


 萌にとっても、授業らしい授業を受ける訳でもなく登校するのはおっくうとしか言いようがない。それにせっかく家にはエルニがいるのに。


「だから、そもそも知らない人を泊めちゃいけないって言ってるでしょ!?」

「でもでも、エルニこの寒いのにベンチで寝てたんだよ? かわいそうだよ……」


 隣を歩く幼なじみ宮内みずきのあきれ交じりのお説教に、萌は弱々しく反論を試みる。

 みずきの言うことはいつも正しい。いつだって萌のことを気遣ってくれているのも分かる。だけど、萌だって何の考えもなく知らない人間を家に上げているつもりはない。


「このご時世に旅行者ってだけで怪しいでしょ! 泊まるお金も持たずに何の理由があってひとりで外国旅行してるのよ? あんたは一人暮らしなんだからね。いくら相手が女の子でも、ほいほい家に上げちゃ駄目なの!」

「……エルニは悪い人には思えないよう」

「ニュースでやってたでしょ。茨の国に魔女が現れたんじゃないかって話」


 この街の一番近くに存在する世界改編の産物、茨の国。領土である茨の森は周囲に拡大し続けていたが、突然その勢力を失った。調査の結果発見されたのは国中で眠り続ける人々の姿。堅牢な城の中で眠る少女は、力を失った貴属・眠り姫と推測された。


 証言できる者が存在しないため何が起こったのかは不明のまま。だが、現在確認されている貴属達は眠り姫同様魔法の爪痕だけを残し、そのほとんどが姿を消している。


「旅人だからエルニが魔女だっていうの?」


 萌は上目づかいで問いかける。

 魔女はまことしやかに囁かれる噂話の存在だ。曰く、貴属を生むのは魔女の仕業だと。姫君達の使う魔法の力の源は、魔女に叶えてもらった願いなのだと。戯れに力を与え気まぐれに代償を取り立てる存在。


「だとしても、貴属でもないわたし達にはどのみち関係ないんじゃないかな?」

「そういう話じゃあないの! わたしは、萌ももう十六になるんだからもっとしっかりしなさいって言ってんの!」


 叱られ続けた萌は日傘を下げ、しょんぼりとマフラーに口元を埋めてしまう。


(言い過ぎちゃったか……)


 少しきつい印象を与えるみずきの切れ長の目がゆるめられる。みずきにとって、萌は幼稚園からの付き合いの長い幼なじみだ。幾つになっても世間ずれせず庇護欲をかきたてる妹のような存在だからこそ、ふわふわと危なっかしい言動にはつい当たりが強くなってしまう。


「まあ、何もなかったんだからいいわ。それより、明日の準備ちゃんとしてんの?」

「お誕生会……来てくれるんだよね?」

「あたりまえでしょ!」


 萌の恐るおそるの問いかけに、みずきは力強く応えた。


「それじゃあね、プレゼントのリクエストはねえ――」

「だまれ、ずうずうしいぞ!」


 喜色を浮かべいつもの調子を取り戻した萌は、指を立て注文を付け始める。みずきは笑顔で萌の頭を抱え込み、わしわしと白い髪をかき乱した。

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