第6話 ベーコンエッグとチョコレートケーキ
「目玉は二つでいい?」
温め直した昨夜の残り物がテーブルに並ぶ。朝食にはそれだけでも充分な量だというのに、萌は毎朝の決まりだとベーコンエッグを焼いている。人をもてなすのがそんなに楽しいのか。
萌より早く起きたエルニは礼の書き置きを残し、そのまま立ち去るつもりだった。しかし、洗濯された服を探しているうちに、起き出した萌に捕まってしまい今に至る。
「なにか急ぐ用事があるの?」
萌の言葉にエルニは不意を衝かれた。
ギフトを集めなければという焦燥感にも似た思いは常にある。
だが、残りはあとわずかだという確信はあるものの、居城を構える貴属の情報や世界改編の報せはなく、白い魔女の足取りも掴めないまま。
「ない……かな?」
それになにより、カリカリにベーコンが焼ける脂の香りには抗えない。エルニはすごすごとテーブルに着くと、テレビのリモコンを操作した。
「ひざ立てるのお行儀悪いよ!」
萌のお小言にお座成りに頷き、エルニは椅子の上で胡坐をかきチャンネルを変える。貴属絡みとおぼしきるニュースはない。
立て続けに世界が改編された今となっては、よほどの大きく目立つ動きがない限り、新しく定められた理や貴属の痕跡をそれと知ることは難しい。
「足組むのもダメです!」
焼きたてのベーコンエッグの皿を右手に、左手を腰に当てた萌がたしなめる。ちゃんと座らないとお預けというつもりらしい。エルニはため息を一つ吐き大人しく座り直した。
「こんなヒラヒラしてるから見えるんだろうが」
ネグリジェのすそを摘まんでぼやくエルニに、萌は怒った顔を作ってみせる。
「女の子はスカートじゃなくても、足崩して座っちゃダメなの!!」
「そういうもんか?」
皿さえ置かれればこっちのものと、エルニは萌のお小言を聞き流し食事に取り掛かる。
「いただきますは?」
エルニはニュース番組からの情報収集を諦め、チャンネルをキッズアニメに変えた。萌のお説教は続いているようだが、エルニは緑のいもむしのクレイアニメに見入っている。
「急ぐ用がないなら、今日は午後からお買い物に付き合ってくれる?」
食後のコーヒーを用意しながら萌が提案する。
「明日のお誕生会の準備、買い出しに行きたいの」
「行けばいいじゃないか」
そういえば招待されてたっけ。気のない声を返すエルニに、萌はなおも食い下がる。
「エルニの服も買わなきゃだし」
「いらねえよ」
「下着の替えもないのに! いらないわけないよね!?」
突然の萌の大声にエルニは思わずたじろいだ。
「自分の服のことでもなし、なんでそんなにこだわるんだよ?」
エルニは今まで身体一つで旅してきた。ポケットに入る以上の物は持ち歩けない。必要なものはいつもその場で手に入れてきた。エルニにとって、他人から替えの下着で咎められるなど想像の埒外の出来事だった。
「それにー、明日はお菓子も作るよ!」
付け足された言葉に、エルニは視線をいもむしから萌に移した。
「それは例えば……ケーキもか?」
「ケーキも!」
「チョコか? チョコのヤツだったりするのか?」
「んー、いちごのショートケーキのつもりだったけど、エルニがお誕生会出てくれるならチョコにするよ!」
ケーキやチョコレートは旅とは無縁の代物。だからといって食べられなくて平気だったという訳ではない。
「ま、まあ。一宿一飯の恩には報いなきゃな。あたしだって買い物の一つや二つ付き合ってやるにやぶさかじゃあないぜ」
手のひらを反すかのようなエルニの返答に、萌は満面の笑みを浮かべた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます