第9話 アップルティーとレモネード
萌は休憩コーナーでエルニを待つことにした。下着の試着にも付き合おうとしたが、エルニの猛烈な抵抗を受けたからだ。
「裸見せといて、いまさら恥ずかしがるのもおかしいよねえ?」
お金だけを渡してエルニの好きに選んで貰うことにしたが、結局面倒になって、衣料品売り場の三枚九九九円のショーツを買ってきたりはしないだろうか。心配だ。
「総レースのとか付けたとこ、見てみたかったなあ」
萌が恥ずかしくて付けられないような大人っぽいランジェリーでも、エルニは余裕で着こなせるはずだ。そりゃあエルニだって恥ずかしくはあるんだろうけど、似合うのなら萌の抱く恥ずかしさとはまるで意味合いが違う。
缶のアップルティーを飲みながらぼんやりとエルニの下着姿を想像していると、休憩コーナーに入ってきたひとりの少女に気が付いた。
年のころは十歳くらいだろうか。寒がりなのかセーターにカーディガン、フード付きのジャンパーと、ずいぶん着込んでもこもこしている。
自販機のサンプルを一通り見渡し、硬貨を投入する仕草をする。ランプが点いたから、硬貨を持っていないように見えたのは萌の気のせいだろう。
お目当ての商品のボタンに手が届かないようで、少女はしきりに背伸びを繰り返している。欲しいのはホットのレモネードのようだ。
「これかな?」
見かねて萌が代わりにボタンを押すと、少女はしばらくじっと萌の顔を見つめたあと、にっこり笑って頭を下げた。
(間違ったのかと思ったよう……)
萌は席に戻り少し冷めたアップルティーに口を付けた。商品を取り出した少女は他に席が空いているにも関わらず萌の隣に座り、ペットボトルのふたを開けた。その間、何故だか視線はずっと萌に向けられたまま。
(まただ……また見られてる)
エルニとの出会いを思い出す。今日は日傘の代わりにキャスケットを被っているが、もちろんそれで白い頭髪すべてを隠しきれてはいない。
中学に高校。進学の節目節目に黒く染めることを考えた試してもみたが、肌の青白さのせいで、かえって病的な印象を与えてしまう。やっぱり自分に似合うのは、生まれたままの白い髪に白い肌。今の萌はそう思うようにしている。
「白いね?」
「ムはっ!?」
不意に口を開いた少女のストレートな物言いに、萌は思わずむせ込んでしまう。無邪気な分、子供のほうが無遠慮で残酷なこともある。怒ったり悲しんだりしても仕方ない。萌は今までの経験で忍耐と寛容を学んできている。
「うん。生まれつきだからね」
萌がハンカチで口元をぬぐう間も、少女はしげしげと萌の顔を見つめ続けている。
「中身も白いの?」
「……中身?」
「内臓とかの中身。ああ、唇とか性器とか、中につながってるところで分かるか」
「…………」
旺盛な好奇心からの言葉かもしれない。けれども萌は、薄笑いを浮かべ視線を絡め続ける少女に徐々に薄気味の悪さを感じ始めていた。
「お姉ちゃん、気を悪くした? ごめんね。でも、人間の白子ははじめて見たから。収蔵する価値があるかなって思って」
「収蔵? ……しまっちゃうってこと?」
(この子、何を言ってるのかな?)
繰り返す萌の問いかけに、少女はにっこり笑顔で頷き返す。
「あとでちゃんと捌いて確かめないとね。でもその前に――」
言葉の意味を咀嚼しきれず困惑する萌から視線を外し、少女は休憩コーナーの入り口に目を向けた。
「エルニ?」
そこには、買い揃えたばかりの真新しい服に着替えたエルニが立っていた。
「茨の国に魔女が現れたっていうから、ひょっとしたら会えるかもって。探しに行く途中だったのだけどこれって幸運なのかな?」
少女はこくりと小首をかしげ微笑んだ。
「おやおやまったく。こいつはとんだ拾いものだ! 貴属のクセに領地も作らず従者も無しで独り歩きか。道理で探しても見付からないわけだ!」
エルニは整った顔に獰猛な笑みを浮かべた。着替えた服の入ったショッピングバッグに手を突っ込むと、鞘に収まる短剣を掴み出す。
「ご大層に国なんか構えるから狙われるんだよ。このボク、輝夜姫リドロネットにそんなものは必要ないね!」
エルニの振るう短剣を苦も無くかわすと、少女は器用に脇をすり抜け店内へと駆け出した。
「えっ、剣? ちょっと、エルニー!」
鞘ごととはいえ、店内で剣を片手に少女を追い回せば当然大騒ぎになってしまう。萌には状況を半分も把握できないが、何かとんでもない事が起きているのだけは理解できる。
エルニが放り出したショッピングバッグを拾い集めると、萌は慌てて二人の後を追った。
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