髪長姫の夢見る世界

「ほんとに退学しちゃうの? 卒業まで待てば良いのに」


 机に突っ伏したみずきが、上目遣いで問い掛ける。ノート整理を一段落し、エルニは大きく伸びをした。中間試験前の放課後。勉強会に飽きてしまったみずきは、もう何度目になるかも分からない、同じ話を蒸し返すが、エルニの答えもいつもと変わらない。


「もう心の中じゃあ、決めちまったからな。動きださないと、どうにも落ち着かない」

「それでもさー。中退ってもったいないよ」


 気だるげな空気が漂う自習室に、豊かに波打つ黒髪の上級生が入ってきた。目ざとく見付けたみずきは素早く身を起こし、胸の前でひらひらと手を振って見せた。


「あー、わたしもひかり姉みたいに、パーマかけよっかなー」

「あの人のは天然だろ?」


 従姉妹に憧れているみずきは、事あるごとに同じ話をするが、校則違反を犯してまで、同じ髪型にする気もないようだ。


「みずきは今の髪型のほうが似合ってるぜ?」


 襟元の髪を掬い上げながらのエルニの言葉に、きょとんとしていたみずきが、じわじわと頬を染める。


「あんた、その天然ジゴロなんとかならないの?」

「あたしは本当に思ってることしか口にしてないぜ?」


 みずきの嫌味に、エルニは右手を胸に当て一礼して見せた。


「それをやめなさいって!」


 帰り支度を済ませ、図書館を出る。駐輪場そばの自販機前で、山ほど本を詰め込んだリュックを背負った少女が往生しているのを見付け、代わりにボタンを押し買い物の手助けをする。

 手を振り自転車で走り去る少女を見送ると、エルニ達も飲みものを買い、ふたり連れ立って駄弁りながら歩き出した。


「ところで、塔だっけ? あんたほんとにそんな物探すために、学校辞めちゃうわけ? どうしてもって言うんなら、もうちょっと詳しく話して聞かせなさいよ」


 エルニは苦笑を漏らした。みずきには何度か話しているが、改めて思えば、自分でも呆れるほどあやふやな物にこだわり続けている。


「たよりない話だけどな。この世界のどこかに、星に届くほど高い高い塔がある。そこには一人の女の子が住んでいて、世界を眺めて暮らしているんだ」


「神話かな? その子は神様なの?」


「いや、せいぜい甘やかされて育った、わがままを通せるお姫様ってくらいかな。地上を見下ろしては、毎日『誰もがまんべんなく幸せでありますように』と祈ってる。薄くて広くて漠然とした願いだから、その子の一日はいつもそれだけで終わってしまうんだ。その気になれば、地球を動かせるほどの力があるってのにな」


「うーん、童話、かな? どこかで聞いたことあるような気もするけど」


 スポーツドリンクを口元に持って行きかけた姿勢のまま、みずきは首をひねっている。


「どうだったかな。あたしにもそれが、昔読んだお話なのか、いつか見た夢なのかも思い出せない」


 切なさにもいたみにも似た表情を浮かべるエルニの横顔に、みずきは混ぜ返すことも出来ずにただ見惚みとれた。


「ほんとにあるならそこへ行かなきゃならないし、誰も知らないお話だってんなら、あたしがこの手で書き上げなきゃならない」


「なんだ、やっぱり作り話なの? それじゃあエルニは作家志望ってわけね。冒険家になるって言い出すよりよっぽど安心だよ。本を書くなら応援しちゃうよ、わたしがファン一号ってことで」


 この話を始めると、いつもこんな結論に落ち着いてしまう。エルニには、その塔を実際この目で見て来たかのように思い描けるというのに、どうしても星にまで届く塔が実在するとは考えられないからだ。


「実際何処かにあるとしても、手掛かりがないんじゃ、探すに探せないしね」

「そうでもないさ」


 エルニは太陽に向かい左手をかざす。

 いつからだろう。これが見えるようになったのは。

 小指に絡まる、桜色の細い糸。


 エルニは夢想する。

 塔から見下ろす女の子の髪は、どこまでも伸びて。

 きっとあたしの心臓とつながっている。


 お人よしのお姫様の笑顔を想い、エルニは晴れ渡った5月の空に手を振った。

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ヒメニナル フジムラ @fujimura

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フジムラ @fujimura

読むのはミステリとホラー、書くのはオカルトとアクションにかたよりがち。 シャーロキアンでラヴクラフティアン。ゆるい百合好き。 Kindle「クトゥルフ神話掌編集2016」、「クトゥルフ神話掌編集20…もっと見る

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