髪長姫の夢見る世界

「ほんとに退学しちゃうの? 卒業まで待てば良いのに」


 机に突っ伏したみずきが、上目遣いで問う。ノート整理を一段落させ、エルニは大きく伸びをした。


 中間試験前の放課後。勉強会に飽きてしまったらしいみずきは、同じ話を蒸し返す。


「もう心の中じゃあ、決めちまったからな。動かないとどうにも落ち着かない」


 図書室に入ってきた、豊かに波打つ黒髪の上級生に目を止めると、みずきは素早く身を起こし、胸の前でひらひらと手を振って見せた。


「あー、わたしもひかり姉みたいに、パーマかけよっかなー」


「あの人のは天然だろ?」


 従姉妹に憧れているみずきは、事あるごとに同じ話をする。


「校則違反だろ? それに、みずきは姫カット似合ってるぜ?」


 エルニの言葉にきょとんとしていたみずきが、じわじわと頬を染めた。


「あんた、その天然ジゴロなんとかならないの?」


 みずきの嫌味に、右手を胸に当て一礼して見せる。


「それをやめなさいって。ところで、塔だっけ? あんたほんとにそんな物探すために学校辞めちゃうわけ? あてはあるの?」


 苦笑を漏らすエルニ。ノートを片付け、帰り支度を済ませる。自販機で飲み物を買うと、友人と駄弁りながら歩き出す。


「たよりない話だけどな。この世界のどこかに、星に届くほど高い高い塔がある。そこには一人の女の子が住んでいて、世界を眺めて暮らしている」


「その子は神様なの?」


「いや、せいぜい甘やかされて育った、わがままを通せるお姫様ってくらいかな。地上を見下ろしては『誰もがまんべんなく幸せでありますように』と願ってる。薄くて広くて漠然とした願いだから、いつもそれだけで一日が終わってしまう。その気になれば地球を動かせるほどの力があるってのにな」


「童話……かな? 聞いたことあるような気もするけど」


 スポーツドリンクを口元に持って行きかけた姿勢のまま、みずきは首をひねっている。


「どうだったかな。あたしにもそれが、昔読んだお話なのか、いつか見た夢なのか思い出せない」


 エルニは切なさにも悼みにも似た表情を見せた。


「ほんとにあるならそこへ行かなきゃならないし、お話だってんならあたしがこの手で書き上げなきゃならない」


「なんだ、やっぱり作り話なの? それじゃあエルニは作家志望ってわけね。本を書くなら応援しちゃうよ、ファン一号ってことで」


 この話を始めると、いつも振り出しに戻ってしまう。頭の中ではこの目で見たように思い描けるというのに、エルニ自身、どうしても星にまで届く塔が実在するとは思えないからだ。


「あてがないんじゃ、探すに探せないしね」


「そうでもないさ」


 太陽に向かい左手をかざす。いつからだろう。これが見えるようになったのは。ほんのり赤みがった、桜色の細い糸。


 エルニは夢想する。塔に住んでる女の子の髪は、どこまでも伸びて、きっとあたしの心臓とつながっている。


 お人よしのお姫様の笑顔を想い、エルニは晴れ渡った空を見上げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ヒメニナル フジムラ @fujimura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画

読むのはミステリとホラー、書くのはオカルトとアクションにかたよりがち。 シャーロキアンでラヴクラフティアン。 Kindle「クトゥルフ神話掌編集2016」、「クトゥルフ神話掌編集2015」に掌編掲載。もっと見る

近況ノート

もっと見る

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、気になる小説の更新を逃さずチェック!

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、お気に入り作者の活動を追いかけよう!