第3話 緊急発進
艦内全体に非常事態を知らせる警報が鳴り響き、それに続いてオペレーターの緊張した声による艦内放送が流れる。
『本艦上空に接近する機影を複数確認!
各員、戦闘配置!』
「ちっ、このタイミングでかよ……!?」
「愚痴をこぼすのは後です」
「わかってる!」
華音に急かされながら急ぎ足で更衣室へと向かう。
素人からすれば着替えなどと悠長なことを言っていられない場面かもしれないが、パイロットスーツがあるなしで生存率が大幅に変わる現実の前には数分の遅れなど大した問題ではない。
着替えを終え格納庫へと駆け込むと、慌ただしく動き回る整備員達を指示を飛ばす整備班長の大声が耳に飛び込んできた。
「最終確認急げよっ!」
「「うぃっす!」」
整備員達の表情は真剣そのもの。
彼らにとっては、今この時こそが戦いなのだ。
「整備班長、機体の調整は!?」
声を張り上げながら自らの手も休めない老男に近づき声をかける。
機体状況を確認するためだ。
コンクリート艦内には出撃可能な機体が3機存在するのだが、この3という数字はあくまで理論上の話だ。
まともに動かせる保証があるのは1機たりとて存在しない。
理由は簡単で、中破し改修作業を受けたパイルとドライヴ、それから鹵獲機を改造したアーキはいずれも試験運用を行なっていないためだ。
改修完了報告を受けてから組まれた試運転の予定は明日。
だが、敵はそれよりも早く現れてしまった。
ままならないものである。
「試運転に向けた調整は終わっている。
だが、実戦に耐えられるかどうかはお前さん達の動かし方次第だ」
「ぶっつけ本番か……初陣に続き今回もなかなかにハードそうだ」
「だが、やってもらにゃならん」
「ああ……そのためにここに居て、金をもらってる」
俺がそう告げた瞬間、整備班長がほんの少しだけ顔を歪ませた。
豪快に笑う普段の姿は想像できない表情だ。
彼が抱いた感情はおそらく、無念や嘆きといった類のもの。
なぜ自分達が第一線で戦えないのか、若者達を積極的に戦場へ駆り立てなければならないのか──そういった感情が心にのしかかっているのだろう。
もしかしたら、今ここで俺を引きとどめたいとすら思っているかもしれない。
だが、それは無理な相談だ。
パイロットは俺で、整備班長は整備員にすぎない。
代わりを務めることなど、できない。
「……傭兵を気取るなら、生き残れよ!」
だから、送り出す時に発破をかけるのかもしれない。
あの時の養父もそうだったように。
「了解!」
短い返事をその場に残し、タラップを駆け上がりコクピットへと侵入する。
最終調整のために稼働していたためか、機体には既に幾ばくかの熱がこもっていた。
「各部チェック……よし。
パイル、いつでも出られる」
『ドライヴ、起動完了』
『あ、アーキ、起動しました!』
俺の発信準備完了の報告からやや遅れて、華音と理生が通信回線に参加してくる。
前者はいつも通り冷静に、後者は緊張で声をうわずらせながら。
「理生、やれるのか……?」
『だ、だめかもです!
操作方法を間違えそうとか、そういう考えで頭グルグルです!』
『それだけ応答できるなら問題ありません』
俺の疑問に変なテンションで応える新米兵士と、それを問題なしと捉える正規兵。
おかしな精神状態の少女のどこに安心できる材料があるというのか、時間に余裕があれば問いただしたいところだ。
だが、敵はその猶予すら与えてくれないことを養父からの通信で知らされることとなった。
『話はそこまでだ。
時間がないので発進シーケンスを進めながら作戦概要を説明する』
養父が語ったところによれば、レーダーに反応した機影は12機で、こちらが保有する長距離レーダーをかいくぐって接近してきたらしい。
敵はまっすぐ本艦に向かってきていることから、居場所が特定されているとみて間違いないようだ。
技術力にはあちらの方が上だから見つかるのも時間の問題だという話だったので、特に驚くべき話ではなかった。
むしろ、よく今まで攻撃されなかったものだ。
「母艦は見つからないのか?」
『近くにいる可能性は高い……が、本艦の装備では発見できそうもない』
『目的は偵察でしょうか?
先の戦闘での会話を鑑みるに、我々の戦力調査と考えるのが自然に思えます』
『あるいは、我々が鹵獲した機体を取り返したいか、だな』
『わ、私ですか!?』
「理生、落ち着け。
確定というわけじゃない、あくまで可能性の1つだ」
余裕のない悲鳴をあげる理生をなだめながら、養父に話の続きを促す。
「それで、作戦目標は殲滅か?」
『あくまで迎撃だ。
相手が撤退する素振りを見せたとしても、深追いはするな』
「わかった」
『了解』
『それと理生君、君は支援と回避に徹してくれ』
『は、はいっ』
『健闘を祈る』
養父からの通信が途絶えたことを皮切りに、発進へのカウントダウンが開始される。
今回の発進方法は単純明解で、機体が積まれたロケットコンテナをミサイルの要領で発射するというものだ。
ロケットコンテナの扉はマニュピレーターを使って開閉可能なので、自力でロケット内部から這い出ろという話だった。
殺人的加速にさらされながら脱出しろという無茶ぶり具合だが、どうにかするしか道はない。
衝撃で舌を噛んでしまわないように歯を食いしばり、心を無にしながらカウントダウンを待つ。
『3、2、1……発進!』
オペレーターの合図を皮切りに、重力が全身を締め付けていく。
(想像以上にきつい……!)
やはり人間が乗り込む代物ではないなと思いながら、指定の高度に達するまでひたすら耐える。
鉄塊が軋むたびに去来する『まさか空中分解するのでは?』という嫌な予感を必死に振り払いながら、その時をじっと待つ。
『機体が指定高度に達しました』
(来た──!)
システムから通知がもたらされたことを認識すると同時に全身に力を入れ、機体を操作しコンテナの扉を開く。
モニタ越しに見える景色は青空一色。
当然ながら地面はなく、頼りになるのは背面に取り付けられたフライトユニットだけ。
運用試験を行っていないこの装置が動かなければ、行き着く先は海面だ。
人類が夢見た二足歩行機械単独での飛行。
その最初の1人に、果たして俺はなれるのだろうか?
(愚問だ)
自問自答を瞬時に終えて大空へと飛び出す。
一瞬の浮遊感の後、急激な減速によるGがコクピットを激しく揺らす。
ブースターが唸り声をあげ、機体を落下させまいと重力に逆らう。
フライトユニットに取り付けられた羽根の一部が自動で稼働し、徐々に姿勢を制御していく。
(……うまくいったか)
高度が維持できていると理解した瞬間、思わずため息を漏らしてしまった。
どうやら、俺は思っていた以上に緊張していたらしい。
各種計器をチェック……問題なし。
レーダーに反応あり。
後方の識別信号はドライヴとアーキ……2人も問題なかったようだ。
前方からは12機のカンプス・レーヴが等間隔に並んで接近してきている。
「それじゃ、敵を蹴散らすとしようか……!」
機動労働伝スモービィ もみあげマン @momi-age
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