第1話 始まりの駆動音
人の歴史は戦いの歴史だ、とある人は綴った。
戦争という存在が人類に科学と機械を与え、生活を発展させたのだと。
俺はその認識は間違っていないと思っている。
現にこの時代においても、戦いが人類に人型兵器という侵略者に対抗できるほどの新たな力を与えたからだ。
だから人はきっと、更なる成長を求めて戦い続けるのだろう。
しかしそれまでの戦争と異なる問題があるとすれば、人型兵器を手に入れるための代償があまりにも大きかったことだ。
人類初の地球外生命体との戦いで、地上の約4割とそこに住まう人々の人権を放棄しなければならなかったのだから。
「そこのところ、君はどう思う?」
「……」
ファミリー向けレストランの4人席に腰かける俺の、反対側に座る少女に尋ねてみるも見事に無視されてしまう。
異性とこのような形で接する状況が久々だったこともあり、なかなかに心の傷をえぐられる気分だ。
(お互い初対面だから仕方がないとはいえ、ね)
別にナンパしたわけではない。
というか、ナンパに成功したのであればこうも無視されるはずがない。
もう少し愛想が良いだろう。
ではなぜそんな彼女と一緒の席に座っているのかといえば……養父に呼び出されたからだ。
『至急S県S市まで来られたし。
到着したら写真の娘と合流して指定の場所で待機』
養父からそんなふざけた手紙が届いたのはつい2日前の話だ。
ここ数年放任しておきながら今更何用だ、と手紙を破り捨ててやりたかったが実行しなかった俺は寛容なほうだろう。
何しろ交通機関がガタガタなこのご時世に手紙が届くこと自体が貴重な体験なのだ。
奇跡的に届いたそれを捨て去ってしまえば、罰が当たってもおかしくない。
養父の指示に従うかどうか決断するにはそれから1時間ほどを要した。
2年前から働き始め、今年で18歳になり成人を迎える俺が黙って親の言うことをきく必要性はない。
いつ戦争に巻き込まれて死ぬかわからないご時世だ、好き勝手に生きたいという気持ちが強かった。
しかしその一方で、仮初であっても親は親という気持ちもないわけではなかった。
昔から家を空けがちで近年は顔すら合わせていなかったが、決して会いたくないとかそういうことはない。
色々と言いたいことだってあるのだ。
最終的には、「最初で最後の親孝行でもしに行くか……」という気持ちが俺を動かした。
交通機関をいくつも乗り換えてこんな田舎まで足を運び、写真の少女を探……そうとして先に呼び止められ、目的地のこの場所まで連れてこられて今に至る。
(さて、どうしたものかね……)
学生服に身を包んだ少女を眺めながら内心溜息をつく。
服装を見る限りでは同い年か年下だろう長髪のこの少女はおそらく可愛いと呼ばれる部類に入るのだろう。
”おそらく”とつけたのは、出会った時から続いている無表情がその判断をできなくさせているためだ。
視線はこちらに向けられているものの、目の前に風景を眺めているようにしか見えない。
『重佑機さん、お義父さんの指示により迎えに来ました。
黙ってついてきてください』
『お茶を』
先ほど彼女が発した言葉はこの二言だけ。
あとは終始だんまりを決め込んでいる。
初対面の印象が悪かったわけではないから、会話が成立しないのは話したくないほど俺の顔面偏差値が低いか、俺と会話することに興味がないかの2択だろう。
できれば後者であってほしい。
(しかし、八重咲華音だったか)
俺とも養父とも異なる苗字だが、養父のことをお義父さんと呼んだことから大体の状況は察せる。
「親父……他に家族が居るならさすがに一言言ってほしかったぞ……」
こういったことをおろそかしがちだった養父のことを思い出しながらつぶやく。
向こうから呼び出しておいてこの状況なのだ、少しくらい文句を言っても罰は当たるまい。
「書類上はあなたの妹です」
更に愚痴を零そうとしたところで、事務的ではあるが以外にも少女から反応が返ってきた。
「妹ねぇ、齢はいくつなんだ?」
「数か月経てばあなたと同じ年齢になりますね」
「なるほど」
少し話してみてわかったことだが、どうやら嫌われているようではないらしい。
言葉に棘がない……俺に興味がないだけだろう。
それはそれで悲しいが、嫌われているよりは幾分マシだと考えるに限る。
人生には前向きさが必要だ。
「しかし、親父はいつになったら来るんだ?
呼び出しておきながら放置とか、相変わらずの反面教師ぶり──」
「誰が反面教師、だとぉ?」
このレストランに到着してから30分、そろそろ愚痴の一つでも言ってやろうとしたところで、突然後ろから顔をがっちりとホールドされた。
過去に何度となく経験した苦しさに、否が応でも自分を締め上げている人物を連想させられる。
「しばらく見ないうちに大層な口を利くようになったな、ああん?」
「モ、モガッ!?」
親父か、と叫ぼうとするも声がうまくだせない。
それどころか、無理に発声を試みた影響でさらに苦しみが増す。
「お義父さん、彼の発言は正しいです。
今すぐ拘束を解除して席についてください」
このままでは耐え切れず公衆の面前で醜態をさらしてしまう……と嫌な情景を思い浮かべたタイミングで、救いの手が前方より差し出された。
「しかしだな」
「お義父さん?」
「申し訳ございませんでした……」
少女の圧力に屈した中年男性は俺を開放するや否やテーブルの右手にまわり、深々と頭を下げる。
まさか作業着に身を包んだ筋肉系の男が学生服の少女に直角に腰を曲げて謝罪する光景を目にすることになるとは。
(というか、親父をここまで追い込む存在とは一体……)
この少女を敵に回すことだけはやめておこうと誓いながら、話を先に進めるために介入を試みる。
「それで、なんでこんなところに呼び出した?
彼女のことも含めてきっちり説明してくれ」
「ああ、そのつもりでこの場所を指定した。
ここは私がオーナーを務めている店でな、色々と融通が利く」
突然現れたように見えたのは、どうやらスタッフルームから俺達に気付かれないように移動した、とのこと。
なんでいちいちそんなことをするのか問いただしたかったが、そういえば養父はこういう存在だったことを思い出したので口にはしていない。
無駄に体力を消耗する趣味はないのだ。
「華音、遣いを頼んで悪かったな。
本当は私が出迎えるべきだったのだが、どうしても外せない用事があったのでね」
「問題ありません。
それよりも早く行きましょう。
ここは目立ちます」
「そうだな……佑機、ついてこい」
そういうや否や養父は踵を返してスタッフルームへと歩き出し、いつの間にか立ち上がっていた華音がその後ろに続く。
「お、おい待ってくれよ」
周囲の目が気になったが、おいていかれるわけにもいかないので慌てて追いかける。
先行する2人は室内に存在する机や椅子には目もくれずに更に奥の扉へと突き進んでゆく。
どうやらここで話すつもりはないらしい。
次の扉をくぐると廊下といくつかの扉が視界に飛び込んできた。
扉の数から考えると厨房に男女別ロッカー、倉庫、従業員用化粧室といったところか。
厨房と倉庫は他の扉とは仕様が異なるためかなりわかりやすい。
さて、どこに連れていかれるのか……。
「え、倉庫?」
養父が開いた扉は倉庫へと続くものだった。
業務用冷蔵庫が設置されているためか、室内はひんやりとしている。
「倉庫で話す必要があるのか?
確かに一番奥の部屋だが──」
「まぁ待て、そう結論を急ぐな。
すぐにわかるさ」
養父は片手をこちらへ向けてひらひらさせながら冷蔵庫の1つへと向かう。
華音はといえば特に表情を変えることもなく養父に付き従っている。
彼女が何も言わないのだからさすがに冗談ではないのだろうが、いったい何があるのやら。
「よい、しょっ!」
そんな気合の入った掛け声とともに冷蔵庫の扉が開かれる。
通常の扉とは異なりかなり重量があるらしく、開閉にはかなりの力を必要とするようだ。
人並み以上の腕力を持つ養父でこれなのだから、人によってはびくともしないだろう。
俺も養父に言われて日々鍛えてはいたが、これを素手でなんとかできる自信はない。
そうして開かれた冷蔵庫に入っていたものは──
「空……?」
戸棚すらないただの空間だった。
それどころか、冷蔵庫特有の冷気も流れてこない。
上部にはなぜか電灯が設置されており、何もない空間を光で照らしている。
「入りましょう」
華音に真顔で促される。
「入るって……ここに?」
「ええ」
冷蔵庫に入れとは何事か──と問うつもりはない。
既にこの状況が冷蔵庫ではないことを物語っているし、入ってみればわかるだろうと踏んでいた。
結果的に、その判断は正しかった。
「エレベーター、なのか」
「我らが住む場所へ向かうためのな……ふぅん!」
養父はそう言って扉の内側から格納式の取っ手を引き出し、冷蔵庫──もとい、エレベーターの内側から気合で扉を元の位置に戻す。
そしてさすがに疲れたのか、壁に寄りかかって息を整え始めた。
「やれやれ、毎度ながら骨の折れる作業だ」
「ならそんな重量にするなよ……」
「物理的なセキュリティも必要なのだ」
「そういうものかね」
そんなやり取りをしている間に華音が室内に取り付けられているパネルを操作し、左側から新たな扉がスライド式に出現する。
それと同時に、エレベーター特有の浮遊感が身体を襲う。
どうやら地下へと向かっているらしい。
「ところで2人とも、挨拶は済んだのか?」
「挨拶、ね……」
自己紹介をしたわけではないが、お互いの立場を理解することはできた。
手紙に名前が書かれていたので名前も問題ない。
呼び方を考える必要はあるが……
「華音」
「ん?」
「呼び方、華音」
思考を読まれたのだろうか、短く、だがはっきりと呼び方を指定された。
「えと、じゃあ……華音」
「よろしくお願いします、佑機」
そしてこっちは勝手に決められていた。
(まぁ、考えるのも面倒だから助かったが)
それに書類上は兄妹らしいが、さすがにこの年齢で初対面の人物に兄と呼ばれても変な気分にしかならなさそうだ、という気持ちもある。
特殊な願望を持ち合わせているわけではないので、名前呼びしてもらうほうが精神的に楽そうだ。
「ああ、よろしく頼む」
「ん」
華音はコクリと頷くと、また無言に戻ってしまった。
ちなみに表情は初対面の時から相変わらずである。
「いやー良きかな良きかな。
仕事がこっちに移ってから忙しくてな、お前に華音のことを伝える余裕もないとは思わなんだ」
ガハハ、と嬉しそうに笑う養父。
多少うるさくはあるが、喜怒哀楽がはっきりしているところは嫌いじゃない。
嫌いじゃないが、どうしてもスルーできない部分があったので突っ込んでおくことにする。
「余裕がないんじゃなくて、忘れてただけだろ」
「そうとも言うな!」
「お義父さん……」
華音の表情が少しだけ変化する。
どうやら呆れているらしい。
(なんだ、そういう表情もできるじゃないか)
俺は少々思い違いをしていたらしい。
彼女はただ、感情を表に出すのが得意ではないだけのようだ。
養父に対して先ほどのような表情ができていたのは付き合いの長さ故だろう。
(こういうやり取りも悪くはないか……来てよかったというべきなのかな)
だが、現実はそう甘くないということをその直後に思い知らされることになる。
「おっと、着いたようだ」
エレベーターの扉が開くとともに、オイルの臭いとせわしなく動き回る作業員達の怒号に襲われる。
そして、視界に入ってきたのは。
「スモービィ……」
様々な態勢で稼働する対侵略者用人型兵器。
その駆動音を聞いたことが、俺の一般市民としての生活を終わらせる第一歩だったことを、この時の俺はまだ知らない。
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