第2話 自由なき労働
1年ほど前から日本で目撃されるようになった人型兵器、スモービィ。
シィオーが所有するカンプス・レーヴとは趣の異なる機械。
「何度かネットで話題になっているけど、なんでこんな田舎町の地下に……」
スモービィという兵器の存在は人々に広く認知されている。
『我々に反抗的な一部の地球人類諸君には、君達がどこまで我々に対抗できるのかをぜひ見せてもらいたい。
我々シィオーは君達の反抗というプレゼンテーションをもって、支配後の労働内容を確定させたいと考えている。
ぜひ地球人の有能さを示してくれたまえ』
などという上から目線のコメントと共に、カンプス・レーヴとスモービィの戦闘を記録した動画がシィオー側からいくつか公開されているからだ。
これらの動画は、国内にある各動画投稿サイトの再生回数レコードをすべて塗り替えている。
余談としては、投稿初期は回線のパンクが予想されていたが、シィオーが先んじて投稿サイトの運営会社を掌握し設備を増強したらしく、動画がいつでもサクサク閲覧できるようになったことが挙げられる。
そして、このことに味を占めた人々が『生活が便利になるならシィオーに従っても良いのでは』と言い出したわけだから人類は本当に欲深い。
尤も、そんな発言をした奴らは数日後に忽然と姿を消したわけだが。
この件に関して、最有力説はシィオーによって連れ去られたのではないか、というものだ。
そういうわけでスモービィの存在自体は知れ渡っているのだが、機体の出所は一切不明。
特に、この兵器を開発・運用した組織に関してはマスコミや情報通でも足取り1つおえていないようだ。
「そりゃそうさ、見つからないように努力しているからな」
俺の心情を読み取ってか、養父がドヤ顔で言葉を投げつけてくる。
普段の俺なら言い返しているところだが、今は生憎とそんな些細なことを気にしていられる余裕はなかった。
地下へとつながる隠しエレベーター、スモービィがメンテナンスされている地下施設、そんな非日常な光景を目にしながら動じていない養父と義妹……そこから導き出せる結論は1つだ。
さすがにここまでヒントを与えられて間違う奴なんかいないだろう。
「ここが反シィオー組織の拠点で、親父達はその一員……」
「正確にはここは開発拠点の一つで私が所長、華音はスモービィのパイロットだ」
「はぁ!?」
1つ目はともかく、残り2つの想定外にただ驚くことしかできなかった。
あまりに予想外の情報だったのでとっさに反応できなかったのだ。
とはいえ、既に「納得するしかないか」と考えている自分もいる。
さすがにここで冗談を言うほど養父の性格は悪くないし、仮に冗談だった場合には華音がすかさず反論していただろう。
その情景が容易に想像できてしまう。
(落ち着け……冷静になるんだ)
信じたくなかったが、この話に関しては事実として受け止めるしかないようだ。
というか、受け入れなければ話が進まない。
自分の心情よりも先に確認すべきことがあるのだ、感情に振り回されている場合ではない。
確認すべきことは2つある。
俺を呼び寄せた理由と──
「親父、はぐらかさずに答えろ。
なんで華音を……まだ働かなくても良い娘をパイロットにした!?」
異星人から侵略されるこのご時世、綺麗事を言っていられない状況なのは理解できる。
だが、それでも叫ばずにはいられない。
「子供に否応なく戦争の片棒を担がせることが、シィオーの連中に連れていかれて働かされることよりも幸せなのかよ!?」
「佑機、私は──」
俺の言葉に思うところがあったのか、華音が何かを言いかける。
だが、彼女の行動は途中で遮られた。
養父が華音に待ったをかけたのだ。
「よせ、華音。
佑機が言ったことは何も間違っていない。
お前がどう思っていようと、かばってもらうわけにはいかない話だ」
「お義父さん……」
華音は心配そうな表情になりながらもそれ以上何も言わず、再び沈黙する。
「どちらが幸せなのかは……正直わからん。
どちらもこの身に味わったことがないからな。
ただ──」
ヴーッ!ヴーッ!ヴーッ!ヴーッ!
『2時方向より敵影6機を確認!
カンプス・レーヴ5……アンノウン1!』
養父の言葉を遮る形で警報と放送が施設内を駆け巡り、下の階で作業していた人々がオペレーターからもたらされた情報を聞いて慌ただしく動きだす。
「ちぃ、想定していたよりも早いな……八重咲三尉!
出られる機体は全て出撃させろ!
それと、この施設は放棄する。
撤収準備に取り掛かるよう伝えてくれ」
「一佐はどうされますか?」
「私はもう少しこの場に残る」
「了解」
軍隊のような応対をした華音は階段を急いで降り、やがて下の階にある自動ドアの向こう側へと消える。
その姿を見届けてから、養父は俺へと向き直った。
「ここは危険だ。
話は移動してからにしよう」
無言で頷き、養父の後に付き従う。
先ほど乗ったエレベーターで更に下の階層へと移動し、薄暗く細い通路の最奥に位置する扉をくぐる。
辿り着いたのは人用にしては巨大すぎる空間だった。
右側には壁の代わりに巨大なシャッターが取り付けられており、空間の中央には見慣れない人型兵器が専用のボックス──ハンガーとでもいうのだろうか──内に仰向けで配置されていた。
「指揮官は持ち場に行くべきだろう?」
ここが指令室でないことは明らかだ。
自らを所長と述べた男が戦闘態勢に移行した施設内に居るべき場所ではないはずだ。
だがこの問いかけは織り込み済みだったのか、養父苦笑いしながら即座に返事を繰り出してくる。
「用事を済ませたらすぐに向かうさ」
そして、表情を真面目なものに切り替えてから続きを話し始めた。
「この際だからはっきり言おう。
このタイミングを逃せば、地球人類は二度と支配から抜け出せなくなる」
その顔つきはいつになく真剣だ。
「主要拠点や設備の多くをシィオーに占拠されている以上、地球人類が彼らなしに生きられなくなるのは時間の問題だ。
奴らに手加減されている今のうちに戦況を覆せなければ、科学に頼って生きている人類は種を独力で存続できなくなる。
悠長に構えている余裕はない」
養父の言わんとすることは理解できる。
利便性を追求した人類の生活にエネルギー資源は必須だが、現状では資源自体や電力関連施設のほとんどをシィオーによって抑えられてしまっている。
命綱を握られたも同然だ。
「だが、子供を戦場に放り込むこととは関係のない話だろう?」
反組織は相手に悟られないよう秘密裏に動かねばならないため、人員問題に苦労すると聞く。
そんな組織が人員増強に使う手段の1つ……それが子供を利用することだ。
俺のような──おそらく華音も──身寄りのない子供を引き取り、人員として育て上げる。
時間がかかるリスクはあるものの、質の良い補充要員になることは間違いない。
問題は、その手段がシィオーに連行され働かされることと何ら違いのないことにある。
支配や強制労働を良しとせず反旗を翻しておきながら、一方で自分達は子供に同様のことを強いる。
それでは支配構造が異なるだけだ。
そうやって勝ち取った先に利用された者達の自由はあるのだろうか?
「そうだな。
私達大人のやったことは、後に奴らと同じ結果を生んでもおかしくない」
養父の顔に影が落ちる。
自分達がやっていることに、少なからず負い目を感じているらしい。
「だが、そうならない可能性も残されている。
可能性があるなら懸けたくなるのが人というものさ……もちろんツケは払うつもりだ」
そうして養父は作業着の胸元を開いて──
「これ、は」
鍛えられた筋肉では到底隠しきれるものではない痛々しい縫い跡が、巨躯のあちこちに刻まれていた。
正直、直視していられない。
「試作機で一戦交えたら御覧の有様だ。
鍛えていたつもりだったが、どうにも耄碌したらしい。
中身もだいぶガタガタでな……もって数年だろう」
服を元に戻しながら苦笑する養父。
その振る舞いからは、先ほど見せられた傷の痛みなど想像もできない。
「本当は華音をパイロットにするつもりなどなかったのが、素質ある者を遊ばせておけるほど今の地球人類に余裕はない。
ここまで話せば、お前をこの地に呼び寄せた理由も……わかるだろう?」
「理解したさ、嫌というほどにな」
養父に引き取られて以来、彼からずっと課されていた訓練がいくつかある。
その中の1つに、特定のゲームを欠かさずプレーすることがあった。
たかがゲーム1つのために本格的なシミュレータまで用意した理由がわからず、当時の俺の頭上では疑問符が飛び交っていたが……今なら理解できる。
あのゲームは、人型兵器操縦シミュレータだったのだと。
「スモービィを見た時からまさかとは思っていたが、そのまさかとは」
「保険は常にかけておくものさ。
そういうわけで重佑機──君を、人類存続のために雇わせてはくれまいか?」
男のまっすぐな視線を正面から受け止める。
「理不尽な命令には従わないぞ?」
「そう感じたなら、その時はお前の好きなように動けば良い」
「……わかったよ。
よろしく、一佐殿」
「今まで通りの呼び方で構わん、むず痒くなる」
軽口を叩きあいながら契約を交わす。
といっても、俺は半分虚勢を張っているだけでしかないのだが。
はっきりいって、戦争という未知には恐怖するばかりだ。
そして、仮に未知が既知になったからといってこの恐怖がなくなるわけではないだろう。
命のやり取りという、絶対的な恐怖があるのだから。
(でも、現実を知ってしまったからには……やるしかないよな)
俺は、俺にできる
この
「それで、俺は今からどうすれば良い?
ここに空き機体があるってことは、乗れってことなんだろう?」
「察しが早くて助かる。
ついてこい」
養父に促される形でハンガーに備え付けられたタラップを登り、スモービィのコクピット上部に降り立つ。
「映像で見たスモービィとは大きさや形状が違うな」
「つい最近完成した試作機だ。
SMV-X3-1、俺達はパイルと呼んでいる……よっこらせっと」
コクピット内を物色してた養父が放り投げてきた何かを慌ててキャッチする。
一瞬ボールかと思ったそれは見たことのないヘルメットで、もう1つは……ボディスーツだろうか?
「専用のパイロットスーツだ。
シミュレータと違ってGがきついからな。
市販服だと内臓をやられかねんし、嘔吐しようものなら計器類にかかってひどい目に遭う」
「それは嫌だな……」
兵器の上で着替えるのはどうなのだろうと思いながらも、大人しく着替えること選択する。
昼食を摂る前で本当に良かったが、仮に食事後だったらどうなっていただろうか……まで考えたあたりで考えることをやめ、着替えに集中する。
サイズがぴったりだったので特に違和感はない。
着替え終えたタイミングで足元から緩い振動が伝わってくる。
どうやら養父がパイルを起動させたらしい。
やや遅れてシステムの起動音が流れてくる。
「着替え終わったら私を引っ張り上げてくれ」
「オーケー……よっと」
養父の手を握って引き上げ、入れ替わりにコクピットへ侵入する。
横向きになっているため少し落ち着かないが、基本的にはシミュレータと同様の配置になっていた。
ただし、いくつか見慣れない機材も設置されている。
「操作方法はシミュレータに毛が生えた程度だ。
試作機故に修理用の部品に限りがあるからなるべく被弾しないでくれ」
「素人にそんな期待するなよ。
で、何をすればいいんだ?」
「敵機を分散させてくれればそれで良い。
あとは華音達がうまくやってくれるはずだ」
逃げまわりゃ死にはしない、か。
”言うは易く行うは難し”でなければ良いが……そんな想いをなんとか飲み込む。
今更そんなことを言っても仕方がない。
「頼んだぞ」
「やれるだけのことはやるさ」
短い言葉を交わしてからハッチを閉じる。
と同時に周囲のモニターが次々と起動し、外部の様子が鮮明に映し出される。
ハンガーに隠れて大部分が暗くなっているが、どうやら全方位を確認できるらしい。
『3番格納庫、発進シーケンスを開始します』
無機質な機械音声と共に警報音が鳴り響き、視界がスライドを開始する──ハンガーが上部のシャッター側へ移動しているのだ。
隣の空間はどうやら発着場所らしく、一定間隔で並ぶライトの向こう側には青空が広がっている。
「飛び出したら攻撃を受ける……なんてことはないよな?」
そんな不安をこぼす俺をよそに、機体がハンガーごと直立の状態へと移動を開始する。
ようやく姿勢が通常に戻ったことに安堵しながら、すべての工程が終わるのを待つ。
機体を固定していたアームが解除されハンガーが左右そして後方へと分離する。
『発進シーケンス オールグリーン』
音声がシーケンス完了の合図を告げる。
(──よし)
バーニアの出力を上げ出撃準備を整えてから、深呼吸。
「重佑機──パイル、発進する!」
最後に、誰も聞いていないとわかっていながらお決まりの台詞を叫びつつ
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