第3話 殺すか、殺されるか

シミュレータでは味わえない強烈なGに耐えながら一気に上空へと躍り出る。

遮蔽物のない上空は敵の的になりやすいが、状況を把握できていない地上へ被害を出すことは避けねばならない。


「敵はっ……動いていない?」


センサーに映った敵影は6、オペレーターが告げた機数と一致している。

その全てが同じポイントから移動する気配を感じない……理由は謎だが、まだ操作に不慣れな俺にとっては好都合な展開だった。


「なら今のうちにっ」


地上をざっと見渡す。

出撃地点は想定していた通り市街地だったが、平常時と異なり人の姿は確認できない。

自衛隊が反シィオー組織の登場に合わせて避難誘導したのだろう。


シィオー監督下に置かれようになったとはいえ、自衛隊の方針は基本的に変わっていない……自国民を守ることを第一義としている。

過去に行われたシィオーと反シィオー組織の戦闘では、自衛隊は反シィオー組織を敵と規定しつつも避難誘導のみに徹したと報道されていた。

おそらく今回もその方針で動いてるのだろう。


(人類同士で戦うことにならなくてよかったな、っと!)


内心安堵しながら、遮蔽物として使えそうな建物がある市街地の一角に着地する。

田舎なので背の高い建物は少ないがないわけではない。

貫通性の高い武器はしのげないが、ミサイルの照準から逃れることくらいは可能だろう。


パイルに搭載されたデータベースによれば、カンプス・レーヴには地球人類の現代兵器を踏襲した武器が多く採用されているらしい。

人類に屈辱感を与えるためにあえて我々の武器を踏襲しているのではないか、というのが組織内での見解だ。

主兵装はマシンガンに歩兵剣と投擲用ダガー、それにミサイル迎撃用の頭部小型ガトリング砲。

あとは背部の換装ユニットに付属する肩部小型ミサイルが良く用いられているようだ。


(それに引き換えこっちの武装は……)


試作機故なのかそれともあり合わせで装備させただけなのか、とにかく扱い辛いものが多い。


遠距離武器は……ミサイル迎撃用頭部ガトリング砲のみ。

戦車や戦闘機、対人であればガトリング砲で十分だが、カンプス・レーヴは装甲が暑いらしく牽制程度にしか使えない、と検索結果に記されている。


近接武器は片腕で運用可能なパイルバンカーにコンバットダガー、あとは二股に割れたシールド先端部による刺突……そんなところだろう。

コンバットダガーはシミュレータに登録されていたので問題ないしシールドもやりようはあるが、パイルバンカーだけは扱いきれる自信がない。


(養父がとにかく逃げろと言った理由はこれか!)


飛行型で構成される敵機に対してこちらは近接特化の陸戦仕様……おそらく熟練者でも敵機撃墜は難しいだろう。

それを素人の俺がやれるとは思えない。


「親父の助言通り逃げ回るか……ん、通信?」


生き残る算段を立てていると、不意に見慣れない機材の一部が点滅し始める。

シミュレータにはなかった機器の一つ、通信機だ。

機器上部のディスプレイにコールサインらしきものが表示されているので、きっとそうなのだろうとあたりをつける。


「使い方は……こうか?」


データベースにマニュアルが登録されていなかったため、勘で操作を試みる。


『……ル、パイル、応答してください。

こちらドライヴ1、応答願います』


「お、つながった」


まさか機械類に関する勘の良さがここでも発揮されるとは思いもしなかった。


『良かった……応答しないのでトラブルに巻き込まれたのかと』


「すまない、俺の知るシステムと勝手が違うから手間取った……それで状況は?

なんで敵は動かない?」


謝罪しつつ現状を華音に尋ねる。

敵機は未だこれといった反応を見せない。

理由があるのか、それとも何かを企んでいるのか……俺が知らない情報を華音達なら持っているかもしれない。


『彼らは住民の避難完了が報告されるまで攻撃を仕掛けてきません』


「非難完了報告って自衛隊からか?

なんでそんな悠長に……まさか」


華音の返答によって更に疑問が沸くも、即座に答えらしきものにたどり着く。


『人類は……大切な労働力だから』


そんな俺の考えを華音が肯定する。


シィオーにしてみれば、地球人類は手に入れたい資源の一つなのだ。

大事な資源を戦争に巻き込み無意味に失いたくない……そういうことなのだろう。

だから一般市民の避難が終わるまで待ちに徹する。


(ありがたい話だが嬉しくもない……複雑だな)


いたずらに人の命が散るわけではないので人類同士の戦争よりもマシに思えてしまう……自由が奪われることを無視すれば、だが。


『今回の方針ですが……来ますっ!』


華音が作戦が伝えられようとしたタイミングで警告音がコクピット内に鳴り響く。

モニターには敵から放たれたミサイルがこちらに高速で向かってきていることを示していた。


『囲まれないよう注意して1対1に持ち込んでください!

アンノウンを含めた2機は私が引き受けます!』


『了解』


今まで沈黙していた友軍3機が応答と同時に小型ガトリング砲でミサイルを間引き、残りはスラスターをふかして華麗に回避してゆく。

建物や道路にミサイルが着弾し機体が爆風に煽られることも気にせず、特に動きを乱すことなく回避行動と敵への接近を続けていた。


(流石は正規パイロットっ)


建物を遮蔽物にしながらミサイルをやり過ごし、倒壊に巻き込まれないよう逃げ回っている俺とはえらい違いだ。

経験か覚悟か……あるいは機体への慣れか、今の俺には彼らと決定的な差があるらしい。


とはいえ、無理をしても足手まといにしかならない。

ここは機体に慣れるまで……


『右腕をやられた、誰かしえ──ザザッ』


『ドライヴ2!?』


味方機からの通信が途中で途切れると同時、味方機の居たポイントで爆発が生じる。


(人が、死んだ?)


あまりにも唐突だったためか、理解はできても実感が伴わない。

しかし、爆発の振動と言い終わらずに途絶えた言葉が一部の感覚器に不快感となってこびりついて離れない──これは現実なのだと訴えかけてくる。


『もう1機も私が引き受けます。

各機、なんとか持ちこたえてください』


華音の指示が聞こえてきたが、脳がその言葉を解釈できないでいた。

味方機を失った際に聞かされた彼女の叫びが邪魔をしてくるのだ。


(こんなにあっけなく……なすすべもなく死ぬのか?)


敵機からの銃撃を掻い潜りながら撃墜された味方機に目をやる。

数分前まで問題なく動いていた機体は今や物言わぬ黒焦げの鉄塊と化していた。


右腕は切断されたのか別の地点に転がり、胴体はマシンガンによって穴だらけ。

コクピット部分は爆発によってひしゃげている……パイロットはまず助からないだろう。


(やられる?)


アンノウンが未だ目立った動きを見せていないが、それでも数は敵のほうが多い。

そのうえ基本性能はスモービィよりもカンプス・レーヴのほうが上だ。

俺や華音が乗る試作機がその2機よりも性能が良いからといって勝てる見込みはない。

このままでは数に押される形で全滅一直線だ。


警告音と共にミサイルを示すマーカーがこちらに接近してくる。

更にその後方から敵機がこちらへと向かってきていた。

ミサイルを回避する瞬間を狙って仕掛けてくるつもりなのだろう。


その瞬間、自分の中で何かが弾けた。


「やられて──たまるかあっ!」


頭部ガトリング砲をフルオートで掃射しながらスラスターの出力を全開に設定、突撃を敢行する。


シールドを使って迎撃し損ねたミサイルの直撃を防ぐ。

機体に襲いかかる衝撃をどうにか耐え更に前進、敵の眼前に躍り出る。


「ハアッ!」


腰部に備え付けられたコンバットダガーを引き抜き、マシンガンを構えようとした敵機に投擲。

敵の動きを予測して横に数歩移動してから思い切り地面を蹴り、空中へと飛翔する。


眼前のカンプス・レーヴがダガーの回避を試みる。

マシンガンを持つ右腕を狙ったため、相手は余裕をもって回避できる左側へと回避行動を取り──


「捕まえた!」


一気に距離を詰め敵機の懐に入り込む。

マシンガンの発射口は別の方向を向いているため撃たれる心配はない。


敵が歩兵剣かダガーを取り出そうと左腕を動かすも、その隙は既に致命的だった。


「受け取れっ」


左腕を一気に突き出す形でパイルバンカーに装填された杭を敵機のコクピットらしき部分に突き刺し、トリガーを引く。

ガンッという発射音と共に左腕に軽い衝撃が走り、杭が敵機を穿つ。


敵機が制御を失い自由落下し始めると時を同じくして、こちらの機体も地上への落下を始める。

攻撃のためにスラスターを止めていたので、飛行機能を持たないパイルが推進力を失い重力に引かれるのは当然の結果だった。


的にならないよう敵機を蹴りつけ無理やり進路を変更、スラスターで細かい制御を行いながら建築物に隠れる形になるよう着地する。


「はぁ、はぁ、はぁ」


敵機撃墜……初出撃にしては十分な戦果だろう。

俺がやるべきことは果たしたはずだ。


(後は華音達に任せよう)


レーダー上では敵機を表す3次元マーカーが3つに減っている。

華音達が一部の敵を撃破したのだろう。

とはいえ、まだアンノウンが残っているので油断はできない。

コンバットダガーは念のため回収しておきたいところだ。


ダガーの落下地点に向かいながら戦闘風景を眺める。

上空を動き回れる敵を的確に誘導し、上から回り込まれても誰かが敵を牽制できるような位置取りをしていた。


『これで……!』


味方機がマシンガンで敵機を足止めしている間に華音機の肩部に備え付けられたミサイルポッドからミサイルが放たれ、カンプス・レーヴへと吸い込まれていく──着弾。

敵機のマーカーが1つ消失する。


「流石だな。

よし、ダガー回収完りょ……うん?」


ダガーを回収したタイミングでセンサーが何かに反応していることに気付く。


「これは……生体反応!?

こっちか!」


反応のあるほうへと機体を移動させて周囲を見渡すと、1人の少女が路上で倒れていた。

その腕には子犬が抱えられている。


「逃げ遅れたのか!?

なんてこった!」


物陰に機体を隠してからハッチを開けてコクピットを飛び降り少女に駆け寄る。


「意識はないけど息はある。

子犬は……くそっ、だめか」


撃墜したカンプス・レーヴが地上へ落下した際の衝撃で吹き飛ばされたのだろう。

少女は運よく死を免れたが、子犬は地面にぶつかった衝撃で助からなかったらしい。


機体に戻って武器を手放し、少女と子犬をそっと抱きかかえる。

子犬を連れていくのは我儘かもしれないが……巻き込んでしまった立場としてはできれば弔ってやりたい気持ちだった。


「どこか安全な場所……」


戦場と化した市街地どこも安全ではない。

かといってこのまま丸腰で離脱するのは危険極まりない。

自衛隊は既に撤退してしまっているため引き渡せない。


さてどうしたものか、と思案し始めたタイミングで聞き覚えのある声が通信機越しに聞こえてきた。


『こちら司令部。

パイル、応答せよ……佑機、聞こえるか?

なぜ同じ地点に留まっている?』


「親父か!」


この現場の司令官を務めているだろう養父ならばなんとかできるかもしれない。

急いで通信チャンネルをあわせる。


「こちら佑機だ、逃げ遅れた民間人を発見!

保護したいがどうすれば良いかわからない……どこか場所はないか?」


『なんだと……後方にある駅まで運べるか?』


通信を経由して司令部から到達ポイントが送られてくる。

こういうときの養父は理解が早いので本当に助かる。


「やってみる!」


機体を起こして養父に指定された場所へと速やかに、できる限り少女にダメージを与えないよう移動する。

幸いなことに敵は華音達に集中しておりアンノウン機も未だ動かなかったため、邪魔されることなく目標地点に到達できた。


『今回収に向かっている……お前は民間人を付近に降ろして戦線に復帰してくれ』


「了解、ポイントを送信する」


少女をなるべく危険の少なそうな場所に寝かせてからその場を静かに離脱し、武器を拾いに戻る。


(しかしなぜ、アンノウンは攻撃してこない……?)


攻撃するチャンスは何度も存在したにも関わらず、アンノウンは傍観を貫いた。

戦場に現れた以上、やることは戦うことに限られるにも関わらず、だ。

なめられている可能性は高いが、だからといって敵を撃たない理由にはなるまい。


そんな考え事をしている間にも先ほどの地点に到着し、武器を回収する。

ついでに撃墜したカンプス・レーヴからマシンガンを拝借したので、先ほどよりも火力としては充実しただろう。


「さてどうしたものか……っと!」


爆発音と共にマーカーが2つ消失する。

1つは味方機、1つは敵機を示したものだった。

どうやら相打ちだったらしい。


「ドライヴ1、大丈夫か?」


『芳しくありません。

想定以上に弾薬を使いましたし……彼らを失ってしまいました』


華音の言葉には悲しみの色が混ざっている。

落とされた2人のことを気にしているようだ。


(子供が考えるべきことじゃないだろうに……)


戦争はなぜこうも民間人や子供に様々なものを背負わせてしまうのだろう?

戦争に直接関係しているわけではないのに理不尽ではないか、と思わずにはいられない。


(……今は戦闘中だ。

目の前の敵に集中しろ、俺)


脳内から疑問を振り払う。

問答はこの戦いから生還してからでも構わないのだ。


『フフフ……楽しませてくれるなぁ、地球人』


アンノウンが広域通信を使ってコンタクトを取ってきたのは、ちょうどそんな時だった。

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