第6話 束の間の休日
「勝てなかった、か」
俺の意識が途絶えてからのことを聞き終えた俺の感想が、この一言だった。
アンノウンを含む6機撃破に対して、こちらの損害は大破3機に試作機2機が中破……敗北というには代償が大きい。
機体はともかく、実戦経験をもったパイロットを一度に3名も失ったのは俺達にとってかなりの痛手だ。
対して、養父は少し異なる意見だった。
「だが敵有利の状況を覆したのだ、負け戦ではなかろう?
そうでなければ彼らが無駄死になってしまう」
俺の言葉は否定しないが、肯定するわけでもない返答だった。
「それは……そうだな、彼らのおかげで生き残れたのは確かだ」
撃墜されてしまった正規のパイロット達。
彼らがいたからこそ、俺も華音も人としての命がまだ残っている。
彼らが居なければ、俺達は鹵獲されるか殺されていたに違いない。
スモービィに搭乗し戦った彼らは、決して無駄死になどではない。
今回出撃し命を落とした3名は、いずれも過去の機械化政策で失業し、今は家族と別れて戦場に身を置いていたという。
突然の失職という形で一度は家族を路頭に迷わせかけたが、今度こそ家族を守りたいと意気込んでいたそうだ。
「表向きには反政府組織の扱いを受けている我々が、彼らの家族にできることなど限られている。
だが、できる限りの支援はするつもりだ。
お前や華音が彼らの死を背負いこむ必要はない」
「そういうものか?」
「そういうことにしておけ。
考えるなとは言わんが、考えすぎると戦えなくなるぞ」
「戦う、ね」
自分の両手をじっと見つめる。
両手に限らず、俺の体にはかなりの箇所に包帯が巻かれている。
顔を包帯で隠せば、服を着たミイラと言われてもおかしくないくらいだ。
アンノウンに辛くも勝利した俺ではあるが、その代償は全治1か月と大きい。
「機体はあれだけボロボロだったのにパイロットがその程度で済んだのは奇跡だと思うがね」
「……すまない、派手にぶっ壊して」
「なに、お前が生きていたことに比べれば些細なことさ」
正式に俺の乗機となったパイルは絶賛修理中という話だ。
アンノウンが最後に放った斬撃がパイルのコクピック付近までめり込み、もう少し勢いがあれば俺ごとコクピットが真っ二つだっただろう……というのが養父の見解だ。
シールドと右腕が俺の命を守ってくれたらしい。
「人類の技術力ではまだ、回避重視の機体は作れないということが今回の戦闘で証明された。
次の量産機は華音が乗っているドライヴを基本に据えつつ、パイルで評価された機能や装備を取り入れることになった」
スモービィ試作3型2号機”ドライヴ”は射撃偏重の装備を想定していた関係で機体総重量があがり、元から回避に向かないと判断されていたらしい。
そのため、避けられないなら敵の攻撃に耐えられるほどに装甲を厚くしてしまえという方針で開発されていたという。
華音が比較的軽傷で済んだのはその厚い装甲があればこそだったとか。
とはいえ、先の戦闘ではアンノウン──カンプス・レーヴ”アーキ”の機動力に翻弄されるという弱点が浮き彫りとなった。
だから2号機のスペックほぼそのままで採用しても勝利は難しいだろう、というのが上層部の判断のようだ。
ちなみに試作3型1号機”パイル”の評価だが……散々たるものだ。
回避に重きを置いた軽量化のため、装甲や重い遠距離武器の排除が脆さに繋がった。
武装を近接戦に特化させた関係で、遠距離戦を主体とする現在の戦場では敵の撃破も難しい。
しかも、パイルのカタログスペックで攻撃を避ける技量をすべてのパイロットに求めるのは不可能に近い。
このような評価では量産機としては絶対に採用できないと判断されたそうだ。
とはいえ、すべての評価が悪いわけではない。
ドライヴには搭載されていなかった肩部スラスターは一定の評価を得たと聞いているし、シールドはその有用性を示したということで今後正式採用される見通しだという。
人類の技術力が進歩すれば、同様のコンセプトの機体が再開発されるのではないか……養父はそう考えているらしい。
「量産機向きではないが熟練パイロットには好感触だろう」
「少なくとも俺の性には合ってるよ」
まぁ、俺は射撃が得意ではないというのもあるが。
「しかし、正式な機体が出来上がるまではパイルに乗れ……ねぇ。
採用はしないがデータは欲しいというのが透けてみえる」
「仕方あるまい。
回避重視で造られた機体はあの1機だけだ。
それに、初期型スモービィよりも性能の良い機体を遊ばせておきたくはないのだろう」
「それなら修理ついでに改造してくれないか?」
あまり期待できないが、一応機体強化をお願いしてみる。
現状の性能でアーキのような機体とやりあうのは厳しいものがあるからだ。
だが、そう都合よく改造できるとも思えない。
改造できるのであれば、試作機開発の段階で組み込んでいたはず……
「できるぞ?
というか、整備班長が既に着手していたはずだ」
「はぁ!?」
予想を裏切られたこともだが、それ以上に強化の話が進んでいることに驚きを隠せなかった。
どういう強化案なのか、どこからその発想がでてきたのか、なぜ開発段階で導入しなかったのか……疑問が次々と沸いてくる。
「順を追って説明するからそう叫ぶな、傷に響くぞ?」
「いや、驚くだろう……いてて」
「ほれみろ、少しは落ち着け」
ここから養父による説明が始まったのだが、無駄に長かったので脳内で簡潔にまとめてみることにする。
今回の戦闘はそれなりの被害を受けたが、得たものもあった。
その1つがアンノウン──シィオーがカンプス・レーヴ”アーキ”と呼んでいた機体の回収だ。
特に重要なのが、アーキに残されていたデータベースをハックして換装ユニットや武器データを入手できた点にある。
そして、それらの装備は完全再現とはいかないまでも、損壊したアーキの部品を流用することでパイルに装備できると考えた人がいたらしい。
改良案の発起人はフォーク博士──人類勝利の鍵とも呼ばれている、スモービィの生みの親だ。
「あいつは改造とか再利用が大好きでなぁ。
他の仕事を放り出して改良案作成に取り組みはじめたと聞いたときは、相談したことを後悔した」
そう語る養父の顔はどことなく楽しそうだ。
「後悔している表情には見えないぞ?」
「『なんで奴のやることに首を突っ込まないのか』という部分で後悔しているだけだからな。
つい周りを気にしてしまってなぁ……。
それに、フォークには好き勝手やらせたほうが良い結果につながる。
私はその尻拭い担当と決まっているんだよ」
研究所長がその良い例だ、と養父は笑う。
その姿から読み取れる感情に否定的なものは含まれていない。
その振る舞いは、できる友人を自慢している少年のように映った。
「なら俺は、改造が終わるまでに復活しないとな」
「そういうことだ、今のうちにゆっくり休んでおけ」
また戦える……そう思えることに安堵している俺がいる。
今の俺の仕事は戦い勝利することで、戦うことが働いていることに繋がっている
また戦場に向かえるということは、まだ俺には仕事があるということを意味するのだ。
そこでふと、今まで考えたこともなかった問題に気づく。
「戦場……」
「うん?」
「戦場になった土地で、住居や仕事を失った人々はこれからどうしていくのか。
何も知らないなと思ってさ」
自衛隊によって避難誘導された彼らは、戦場の爪痕を見て何を思うのだろう?
生きようともがくのか、政府にすがりつくのか、諦めてしまうのか……当事者ではない俺には想像もつかない。
養父は何か知っているのだろうか?
「ある意味では失業者と変わらないな。
政府からの斡旋で移住する者もいれば、その場に残って生活しようとする者達もいる。
中には、いつの間にかいなくなった人だっている」
「……俺達がシィオーの手伝いをしていると?」
「遅かれ早かれ、同じ道を辿るだけさ。
違いがあるとすれば、戦争で死んでしまうかもしれないことか」
「戦争で死ぬか生きた人形になるか……どっちが幸せなのかな」
シィオーは管理下に置いた人類の感情や行動を抑制し、思い通りに動かせるようにしているという。
そんな風にマリオネットと化した人間は、はたして幸せなのだろうか?
「その答えは戦い抜いた先にあるものだ」
「そのためにも職業戦闘員として生き残れ、か」
「その通りだ」
地球人類の未来に関する解は見つかっていない。
だって、まだ人類は侵略者に負けていないのだから。
(現状での答えは得られた)
養父には感謝しなければ。
彼が指し示す道は人類史において間違っているかもしれないが、今俺がやるべきことを教えてくれたのは間違いなく彼なのだから。
「繰り返しになるがしっかり休めよ」
「そうさせてもらう……一日でも早く復帰したいからな」
だから、今は養父の言葉に甘えて休日を謳歌するとしよう。
戦士にも休息は必要なのだから──
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