第2話 機体の整備状況

養父が長を務める試験開発運用部隊”リフト”の足であり、最大の拠点とも呼べる大型潜水艦”コンクリート”。

それが、雇われ兵となった俺が衣食住の拠点としている場所の名である。


(”具象”の名を持つ、しかし存在の許されない艦か。

なかなか洒落が効いてる)


極秘裏に開発、運用されているこの艦の存在を知る者は世界でも限られている。

全開の戦闘終了後にひっそりと進水し、その後は太平洋をうろつきながら身を潜めているのだから目撃者も居ない……はずだ。

シィオーには発見された上で泳がされている可能性もあるが、これについては気にしても仕方がない。


”コンクリート”艦内には様々な設備が用意されている。

なにしろ人型兵器の運用を視野に入れた母艦なので、兵器の整備や搬出といった大掛かりな作業ができる必要がある。

”コンクリート”の図体が通常の潜水艦よりも巨大化したのもやむなしといえる。


「とはいえ、人の足にとっては広すぎるんだよなぁ」


「呼び出してしまってすまねぇなぁ、坊主」


俺のボヤキに、隣にいた白髪交じりの大男が心にもない謝罪の言葉を繰り出す。


別に、呼び出されたことについて文句があるわけではない。

ないのだが、俺の呼び名について言いたいことはあった。


「整備班長、坊主はやめてくれって何度も頼んでるだろ」


「儂から見れば坊主は坊主じゃよ、ぬはは!」


「はぁ」


ガハハ、と笑う表情に反論する気力が失われてゆく。


(一応成人しているんだがね、俺)


そんな俺の心内を知ってか知らずか、俺と整備班長のやり取りを眺めていた康隆のおっさんが愉快そうな調子で会話に加わってきた。


「俺をおっさん呼ばわりする時、お前もまた坊主呼ばわりされるのだ」


「おっさんがおっさんなのと、俺が坊主扱いされることは関係ないでしょ」


「見えないところで繋がってるのさ、これがな」


「そういうものかねぇ」


納得いかないが、これ以上突っ込んでも話が進まないだけなので反論しないことに決める。

暑苦しいおっさん達と戯れるために格納庫へ足を運んだわけでは、断じてないのだ。


「それで、人型兵器戦術部隊長と整備班長が俺を呼び出した理由は?

眼前の鉄塊を見せたいからって他人を呼び出すほど、あんたらは暇じゃないはずだが」


格納庫内で圧倒的な存在感を誇るに視線を移しながら、年上の2人に問いかける。


壁に固定されているソレは、カテゴリーでいえば人型兵器用の盾だろう。

ただ、盾の下部が二股になっていて刺突できそうなほど鋭利なのは相変わらずで、更にワイヤーという追加ギミックが仕込まれているのはどういうことか。

既に守るという行為を放棄しているのかと、このシールドを考案した奴に問いただしたい。

いやむしろ、これの開発を止めなかった上層部に『アニメじゃないんだぞ』と言っておいたほうが良いのだろうか?


「安心しろ坊主。

最初に見せたいのがこれだっただけで、他にも感想を聞きたいものはある」


「そうかい、それを聞いて安心したよ整備班長。

男の浪漫に取りつかれたかと心配せずに済みそうだ」


「佑機、辛辣な言葉を並べているところ悪いが……口元がにやけているぞ?」


「……」


おっさんの言葉に反論できないので沈黙を選ぶ。

俺だって年頃の男、浪漫を追い求めたい気持ちがないわけでは、ない。


「やはり坊主は坊主だな。

ま、康隆のほうも満更ではなさそうだが」


「シールドでど突くのはロボット物のお家芸、子供心が疼くのさ。

こればかりは俺も、佑機のことをとやかく言える立場じゃねーよ」


「違いない!」


整備班長の呵々大笑が格納庫全体に響き渡る。

つられて笑う整備班員所属の男達。

その後方で困惑する女性整備員と華音、それから理生。


「……で、これを俺に使えと?」


この話題を引っ張るのは得策ではないと判断し、強引に話を戻す。


俺に見せたということはつまりそういうことなのだろうが、念のため確認しておきたかった。

現実にこんな装備を運用しろと言われるなど、俺にとっては未だに信じがたい出来事なのだ。


「お前さんとパイルでなければ運用できん。

安心しろ、デビュー戦で使った盾よりも軽くて丈夫だ。

その上振り回せる。

3倍お得に感じるだろう?」


「感じないからおっさんが使ったらどうだ?」


「機体があれば、な」


「……すまない」


ハンガーを眺める男に、心から謝罪の言葉を送る。

さすがに今の発言は無神経すぎた。


彼は乗りたくなくて機体に乗っていないわけではない。

戦いたくても、乗れる機体がない状況なのだ。


「康隆の機体をあのまま運用するわけにはいかなくてのぅ」


「わかってるよ整備班長。

佑機も、謝らなくていい。

俺の力不足が招いた結果だからな」


「……そうか」


視線をある一点へと向けたおっさんにつられて、格納庫脇のハンガー内で解体が進むスモービィに目を向ける。

外装は既にそぎ落とされ、むき出しの機器類や外された頭部が哀愁を漂わせている機体が、静かにただずんでいた。


SMV-X2-2、”ナナシ”。

現量産型スモービィの基となった機体で、唯一現存していた試作2型。

常に前線に身を置いていたおっさんの愛機。


勇ましい機影は、もう2度と、地上で拝めることはない。


「限界が来ていたのは百も承知。

潮時だとわかっていて、それでも踏ん切りがつかなくて……だから、今回の件は丁度良かったのさ。

お前達の機体に使われるのなら、あいつも本望だろう」


ナナシの部品は、そのほとんどが摩耗していて使い物にならないために廃棄が決定している。

しかし、劣化の少ない部品はパイルやドライブの補修に使用され、装甲板はシールドといった装備に再利用されつつある。

この刺突可能な盾も、そういった再利用品の一つだ。


「なら、おっさんが出撃できなくても安心できるよう敵を蹴散らすさ」


「おうおう、その意気だ。

嬢ちゃん達に格好良いところを見せつけてやれい!」


「呵々、青春よな!

もっとも、お嬢さん方の機体のほうが活躍しやすいが」


「いや、今の話にあの2人は関係ないだろ」


真面目な話を恋愛ごとにもっていくこの男達の脳内は、もしかしなくてもお花畑なのだろうか?

というかセクハラでは?

出る所に出れば大金を捲き上げられるのでは?


「とまぁ、坊主の人間関係はさておきだ」


それまで騒いでいた2人が急に真面目な表情になる。

一瞬で切り替えができるあたり、伊達に歳を重ねているわけではないらしい。


「改修したパイルのカタログスペックをまとめておいた。

残りの調整は自分の手でやってはくれまいか?」


「格闘型の機体は個人の感覚に左右されやすい。

整備班からの依頼があったから、俺が出来る範囲で調整はしておいた。

が、お前さんは自分で手入れしたい質だと思ってな。

呼び出したのはそういうことだ」


「なるほどな……っと!」


整備班長が放り投げてきたデバイスをキャッチし、格納されていた資料の中から必要な情報を読み解いていく。


(綺麗にまとまっている)


それが、改修型パイルのカタログスペックをざっと眺めた第一印象だった。


格闘戦を重視したピーキーな機体能力を、華音や理生と連携しながら最大限の力を発揮するように調整した模範解答。

おっさんと整備班で調整したというだけあって、パイルのスペックは高水準にまとまっていた。


だが、同時に思う。


「これはなんというか、連携を重視しすぎじゃないか?」


「その意見は正しい。

なにせ人型兵器戦術部隊長の俺が調整した結果だからな。

どうしても部隊戦の経験に引っ張られてしまう」


「確かに、おっさんが乗るならこの設定が正しいかもな」


だが、俺が乗る場合は別だ。


確かに連携は大事だ。

前回の戦いにおいても、華音達正規部隊の面々と連携できたからこそ敵を退けられた。

その戦い方を否定するつもりはないし、おっさんの経験を無視するつもりはない。


とはいえ、物には限度がある。

雇われ兵の俺が正規軍の2人を常に当てにして戦うべきじゃない。


「華音と理生で牽制して俺が止め、これ自体に文句はない。

けど、さすがにハンドガンと腕部ガトリング砲だけだと単騎の時がきつすぎる。

アーキ用の垂直ミサイル、着脱式にしていくつかまわしてもらえないか?」


「やれやれ、いったいどれだけ金がかかるやら」


「若いもんは我儘を言うくらいが丁度よいものだよ、康隆」


「わかってるよ整備班長、その分はきっちり戦場で働いてもらうさ。

な?」


「査定に響かないよう努力はする。

あ、ついでだから色々注文つけてもいいか?」


「……お手柔らかに頼む」


その後数日かけて、ようやく納得のいく形に仕上がった。

かなりの要求をしてしまったが、奔走してくれた整備班とおっさんにはただただ感謝する他なかった。

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