第2章 戦争を選んだ者達
第1話 戦うと決めた少女
「パイロット候補生として働くことになった重藤 理生(しげふじ りお)です。
よ、よろしくお願いします!」
「……なんだって?」
気がつけば俺は、元気よく挨拶してきた少女に聞き返していた。
理生と名乗った少女と顔をあわせるのは初めてではない。
戦場で助けてくださりありがとうございました──目が覚めた俺に深々と頭を下げる姿は記憶に新しい。
そんな少女が今、先の戦闘で救助した時の服装ではなくジャージ姿で目の前に立っている。
サイズがあっていないのか、少しだぼだぼなように見えるのは気のせいではないだろう。
「君が、パイロット?」
「まだ候補生ですけど……」
「正気か?」
思わず率直な感想をつぶやいてしまう。
反射的に口から出たこともあり言葉足らずになってしまった。
これでは眼前の少女に勘違いされかねない。
「私は正気です!」
案の定、理生は全力で反論してきた。
俺の言葉に全身を使って反応した影響か、セミロングの髪を束ねたポニーテールがふりふりと揺れている。
これは良くない状況なので素直に謝ろう。
経緯を尋ねるのはその後だ。
「ごめん、君に言ったつもりじゃなかった。
親父の頭がついにおかしくなったのかと思ってね……素人に操縦できるものでもないだろうに」
「えっ……あああ!?
早とちりでしたか、ごめんなさい!」
年下の女の子に勢いよく頭を下げられてしまった……反応に困るな。
とはいえ、「いや俺が悪いんだ」と言ったら相手も更に謝りそうだし……謝り合戦を繰り広げるくらいなら話を進めるべきか。
「いや、俺の言い方に問題があったよ。
それで……経緯を聞いてもいい?」
「経緯、ですか……私もよくわからないのですけどね」
あはは、と苦笑しながらも少女は自分の身に起きたことを語ってくれた。
理生は目覚めてからいくつかの検査を受け、それからこの部隊のトップ──つまり親父だ──と対面したらしい。
そこで彼女は、自身がどういった状況に置かれているのか説明されたという。
自衛隊に身柄を引き渡す時間がなかったためやむなく連れてきたこと。
機密事項が多いこの部隊を見知ってしまった以上、うかつに解放できなくなってしまったこと。
タダ飯を許容できるほど人員や物資に余裕があるわけではないこと──
「だからここで働かないか、と提案されました。
オペレーターや厨房……他にもいくつかありましたが、その中にあった候補の1つがパイロットです。
所長さん曰く『検査で適正があるとわかったから一応入れておいた』そうです。
検査の中にはシミュレータで何かの機械を操作するものもあったので、たぶんその結果ですね」
「で、パイロットを選んだと?」
「はい!」
とても元気の良い返事だ……が、少し危うさを感じる。
そのまま突っ走れば、いずれ恐怖に押しつぶされてしまうのではないか?
そんな悪い予感が垣間見えてしまう。
(君は一体……何を考えて戦場に身を投じようとしている?)
問い質したい言葉をすんでのところで飲み込む。
職業選択は個人の自由だし、戦いに身を置く理由も人それぞれだ。
少なくとも雇われの俺が口出しすべきことではない。
救助した際に抱きかかえていた子犬が関係しているかもしれない、という推測はできるが、あくまで推測にとどめておくべきだろう。
「……経緯は把握した。
それで、今日は俺とシミュレータで訓練したいと?」
今俺達が居るのはシミュレーションルームだ。
俺がここにいる時間に現れたということは、対戦相手になってほしいということだろう。
「康隆さんの指示です。
佑機さんがいるはずだから練習相手になってもらえ、って」
「なるほど、おっさんの指示だったか」
「康隆さんをそんな風に呼んだら怒られちゃいますよ!?」
「安心しろ、怒られ慣れてる」
「えっ」
俺の言葉が理解できなかったのか、理生はぽかーんとしたまま固まってしまった。
怒られないように行動することが普通だと考えるタイプなのだろう。
そこに理由があるとは考えないはずだ。
直道 康隆(なおみち やすたか)はこの部隊において数少ない正規パイロットの1人だ。
正規パイロットがどのくらい少ないかというと、彼の他には華音しかいないという具合にだ。
歳は30代前半、10代の俺達からすれば……まぁ、おっさんと言われても仕方ない年齢だろう。
先の戦いでは、度重なる戦闘で彼の機体整備が間に合わず、出撃できなかったと聞いている。
階級は二尉だが、苗字や階級で呼ばれたくないので名前呼びしてほしいと周りには伝えているらしい。
さて、俺が康隆という男をおっさんと呼ぶ理由だが……所属の違いを明確にするためだ。
俺は養父のポケットマネーで雇われている。
これは、隠れ自衛隊所属の彼らとは命令系統がことなることを意味する。
軍隊では規律を守るためにも上官の指示は絶対だが、その命令系統に組み込まれていない俺は特に従う必要はないわけだ。
その線引きを明確にしておくためにも、俺は康隆のことを”おっさん”と呼ぶことにしている。
相手もそれは承知で、しかし他の連中に真似されるわけにもいかないので怒る……というわけだ。
今回の件に関しても、理生はおっさんに「練習相手になってもらえ」と言われて俺の元へ訪れたという。
おっさんは、俺が拒否することも考慮して理生にそう告げたのだろう。
断るにしても別メニューくらい用意してやれ……と、そういうワケだ。
(ま、断る理由はないわけだが)
華音と何度か対戦してわかったのだが、コンピュータよりも人を相手にしたほうが良い訓練になるのだ。
意思ある者と戦うため緊張感がある、ともいえる。
「それじゃ、訓練を始めようか」
「……え、あ、はいっ!
よろしくお願いします!」
固まったままの理生を復活させ、お互いに配置につく。
設定は市街地、一対一、機体や装備は自由……その状況で、俺はカンプス・レーヴを選ぶことにした。
色んな機体に慣れておこうと考えての選択だが、1戦目だから様子見という理由もある。
「まだ不慣れかもしれないが敵はそんなに優しくない、全力でやらせてもらうぞ」
『りょ、了解しましたっ』
初心者相手に酷だろうか……という思考を振り払う。
ベテランも新米も戦場では平等だ。
避けきれなかった者が死に、動き続けた者が生き残る……それが戦いの不文律。
その不文律を知ることが最初の訓練で大事だと、俺は考えている。
だから初心者の理生にも容赦はしない、そういう気持ちで臨み──
(なんだ、なんなんだ彼女は!?)
短くない時間が経過した頃には、理生という少女の技量に終始驚かされていた。
『わわっ』
数度目の斬撃が受け流される。
フェイントに引っかかりそうになったが、きちんと対処してきた。
しかも、お返しと言わんばかりに反撃してくる。
理生が機体性能に助けられているというのはもちろんある。
何しろ、彼女が選んだのはあの”アーキ”と呼ばれていた敵機だ。
シミュレータで選択可能な機体の中では最高スペックを誇っている。
故に、他の機体では避けられない攻撃も、その機体性能でなんとか回避できている。
(だがそれだけじゃない)
彼女の操縦技術は、操作方法を知ったのが本当に先週なのか疑問に感じる程度にこなれている。
フェイントに引っかかりやすいのは経験が足りないからだろうが、それでも致命傷は避けている。
しかも、同じ引っ掛けが2度目には通用しなくなっているのだ。
最初の数分は俺に翻弄されていたが、今は機体性能も相まって互角以上の戦いを繰り広げている。
なるほど、これは養父が適正ありと言いたくなるのも頷ける。
シミュレータと現実は異なるので確信はできないが、彼女が経験を積み、戦場でも同様の技量を発揮すれば間違いなく一線級のパイロットとして活躍できるだろう。
『てえいっ!』
「だが!」
アーキから繰り広げられる横振りの斬撃を下に回り込むことで回避し、がら空きの足裏からマシンガンを叩き込む。
アーキが炎に包まれ爆散、と同時に作戦終了を告げる文字がモニタに表示される。
『ああっ……負けてしまいました』
「空中戦は全方位に気を配らないと。
まぁ、人類側に空戦仕様の機体がないから役に立つ助言かどうかわからないけど……」
『あれっ、そうなんですか?
私と佑機さんの機体は飛べるって聞きましたけど』
「……初耳だ」
パイルを改造して換装ユニットを装備できるとまでは聞いていたが……まさか飛行ユニットまで装備可能にしたとは予想していなかった。
人類側の技術力では不可能だと思っていたのだ。
(それをやってのけるあたり、さすがはスモービィの生みの親というわけか)
おそらく理生の機体についてもフォーク博士が一枚かんでいるのだろう。
しかし、乗る機体の性質が決まっているなら話は早い。
色々試そうと思っていたがそれは後回しにして、今日は空中戦をメインに据えよう。
「なら、今日はこの機体のまま続けようか」
『わかりました!』
相変わらず元気な応答が返ってくる。
やる気があるのは大変よろしい。
「それじゃ──行くぞ!」
『次こそ!』
そうして2度目、3度目と続き──結局、華音に声をかけられるまでひたすら理生と対戦してしまった。
戦績は3勝2敗。
後半は機体性能差の関係で何度も追い詰められたが、そこは経験の差でどうにか勝ち越しに成功した。
同じ機体を使えば次も勝てるとは思うが……それも何度勝てることやら。
「これは、病み上がりとか言っていられないな」
訓練を終えた直後に少女が見せた、悔しさと決意を滲ませた瞳を思い出す。
あれはまさに、戦う覚悟を決めた者の眼だった。
本来であれば17の少女がするべきではない覚悟だが……侵略者に脅かされる時世だ、その覚悟は尊重したい。
だから、俺も強くならなければ。
前回のような辛勝ではない、本物の勝利をつかむために腕を磨こう。
戦友と共に、侵略者の居ない世界へと至るために。
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