第4話 侵略者の声
アンノウンから拡散された言葉は、どことなく機械的でありながら流暢な男性の声音をした日本語だった。
『アンノウンから?
今まで1度として戦闘中は反応しなかったという話なのに、なぜ……』
通信越しに聞こえる華音の言葉には驚きの色が含まれている。
あまり声に感情が現れない華音ですら、初めての出来事に戸惑いを隠せないらしい。
つまりはそれだけイレギュラーな事態だと言える。
『一方的に話しかけるのはつまらないのだけど……仕方ない、用件だけ言おうか』
相手の意図がつかめず身動きが取れないでいると、相手は無視されたと判断したのか勝手に話を進め始めた。
『今出撃している新型機を置いていけ──そうすれば今回は見逃そう。
観察させてもらったが、地球人類の技術進歩度合を測るのに丁度良さそうだ』
どうやら狙いは俺と華音が乗っている機体らしい。
とはいえ、敵が試作機の鹵獲を狙うのは予想の範囲内だったため、特に反応を示さず隙を伺うつもりでいた。
『できればパイロットも一緒がいいかな。
我々の管理下にある人類から適合者を探すのは面倒だからね』
(面倒だから……だと!?)
だがこの言葉を聞いた瞬間、俺の心が怒りの感情に支配され爆発した。
「お前達は……お前達はそうやって、人類を道具のように扱うのかよ!?」
気がつけば俺は、通信機の設定を広域通信にして言葉をぶつけていた。
先ほどの敵の発言を無視することができなかったのだ。
『パイル!?
落ち着いてください、敵と交信しても──』
華音の声が邪魔だったので、友軍機との通信を切る。
今の彼女の言葉はノイズでしかない。
『言葉を交わしてくれるのかい?
嬉しいね、それでこそ私が出てきた甲斐がある』
「御託はいい!
答えろ、侵略者!」
心底嬉しそうな敵の声にイライラする。
これは良く無い兆候だと頭のどこかでは理解していながら、それでも怒りの感情が募ってゆく。
『簡単なことさ、君達は動物を物のように管理してきただろう?
それと同じことだよ』
「人類には知性がある!
それを無視する行為など……」
『知を利用した果てに同族での殺し合いなら、大した違いはないな!
故に我々シィオーが労働力として管理利用するのだ。
その命を無駄にせず使おうと言っている!』
「そんなことが許されてたまるかよ!」
『君達に許しを請う必要はないさ。
人類種をより効率的な交配によって進化させてあげるから、むしろ感謝されてもいいかもしれないね。
その進化の果てに、同族での殺し合いがなくなるのだから!』
「自由を奪われ、使役され続けるだけの未来に感謝などできるものか!」
『ならば我々に価値を示してみせよ、地球人類!
我らの計画を変更するに足る価値を、この戦争で!』
直後、アンノウンの背部ユニットから多数の小型ミサイルが発射される。
この時この場における、最後の戦いを告げるアラートが鳴り響く。
マシンガンと頭部ガトリング砲でミサイルを間引きながら回避行動をとる……が、避けたはずのミサイルはこちらを見失うことなく背後から追ってきた。
「誘導式かよ、くそっ」
更にミサイルを迎撃しつつ、建物に擦り付ける形で残りのミサイルをやり過ごす。
小型の割に威力が大きかったのか、建物が一気にえぐられ倒壊してゆく。
直後、少し離れた場所で同様の爆発を検知する。
華音達友軍機を狙ったミサイルだ。
爆炎で向こうの状況が目視できないため、先ほどまで切っていた味方との通信を再開させる。
「華音、無事か!?」
『芳しくないです。
ミサイルは1回分にマシンガンの弾倉は残り1つ、ライフルも残りわずか。
未使用の小銃とダガーは接近しなければ有効打に……くうっ!』
ミサイルの第2派が着弾し、爆風が被弾を免れた機体を容赦なく揺らしていく。
守りに徹するならなぶり殺しにするつもりのようだ。
だがこちらは残弾が心もとないのに対し、アンノウンは傍観に徹していたためまだ尽きないだろう。
おまけに、俺達の機体は陸戦仕様なのに対し敵は空中戦が可能な機体……このままでは防戦一方だ。
『牽制しつつ正面突破して接近、地上に引きずり下ろすしかないですね。
パイル1……私達で援護します、その間に接近できますか?』
「やるしかないんだろう……やってやるさ!」
このまま守りに徹しても勝ちは拾えない。
それならリスクを承知でも攻めるしかない……攻めを初出撃の俺がやるのは賭けだが、四の五の言っていられる状況ではないのだ。
新米だろうとベテランだろうと、やられるときはやられるのだから。
『ではいきます……ドライヴ3、攻撃開始』
合図とともに華音機と友軍機のマシンガンが火を噴く。
敵に当たりこそしなかったものの、回避行動をとったために一瞬だけ敵からの攻撃が止む。
その隙を見逃さず、スラスターの出力を上げて敵との距離を詰めていく。
敵からの銃撃が再開されコクピット内に警告が飛び交う……これを肩や足、背面のスラスターを駆使して緊急回避しながら、更に距離を詰める。
何発かがかすり機体が悲鳴をあげるが気にする余裕はない。
『なかなかやる……だが!』
ここで、華音機から放たれたミサイルを避け切ったアンノウンが予想外の行動にでた。
両腕に持っていた銃の片方を捨て、腰に固定していた剣を抜きながらこちらへと向かってきたのだ。
『当たって!』
華音達が必死に当てようとするものの、アンノウンはそんな銃撃を空中で華麗に避けながら更に接近してくる。
しかも、残った銃で俺を牽制することも忘れない。
(明らかに強い……!)
機体性能なのか、それとも搭乗者の腕か……先ほど戦ったカンプス・レーヴとは明らかに動きが異なる。
3機を相手にしながら、全く臆することなくこちらの攻撃を避けていくのだ。
しかも回避行動の間に攻撃を挟んでくるため隙が無い。
ほどなくして、俺とアンノウンは近接戦闘が可能な範囲まで接近する。
(銃を使われたら不利だ……ならっ)
右腕に持っていたマシンガンの引き金をひく素振りを見せる。
弾切れで使い道がなくなっていたが、フェイントとしては十分だろう。
敵は防御手段を持たないようなので回避しようとする筈……そこに勝機があると踏んだのだ。
案の定、敵は銃口を気にして右側へと回避行動をとろうとした。
「もらった!」
一気に距離を詰めて可能な限り接近し、シールドで敵機の銃を弾き飛ばす。
敵がとっさの判断で手放した銃はシールドにぶつかった衝撃でひしゃげ、あらぬ方向へと吹き飛んでゆく。
本当なら腕も吹き飛ばして態勢を崩させるつもりだったのだが、そううまくはいかないらしい。
『やるな!』
「うおっ」
敵から繰り出される斬撃を紙一重で避け反撃……しようとしたところで、突如機体が強い衝撃に襲われる。
あまりの衝撃で頭を機器にぶつけてしまい、一瞬だけ意識が飛ぶ。
「痛っ……敵は!?」
いつの間にか建物に倒れこんでいた機体を起こしながら華音達の居た場所にカメラを向ける。
敵が向かうのであればそこしかないからだ。
まず目に入ったのはこちらに背を向けたアンノウン……その後ろには、力なく崩れ落ちようとしている友軍のスモービィが見える。
華音は友軍機に当たるのをためらってか、アンノウンに銃口を向けつつも攻撃できないでいた。
アンノウンからミサイルが発射される。
『きゃああああっ』
「華音!?おい華音!」
華音の悲鳴が通信機を通してコクピットに響き渡る。
至近距離からのミサイルを近くの建物に隠れることでなんとかやり過ごしたが、爆発に耐えられなかった建物の下敷きにされてしまったらしい。
生命反応は残っているので死んでいないようだが、通信に反応を示さない……気絶してしまったようだ。
ほんの少し目を離した間に、戦況は最悪と言って良いほど悪化していた。
絶望的と言って良い光景を見せつけられ、俺の心が折れてゆく。
『このカンプス・レーヴ”アーキ”と戦えるとは……地球人類の底力はすさまじいものだな』
敵が驚いた風に感想を述べる。
その口ぶりは俺達の戦闘力が予想以上だったと言わんばかりだ。
『だが、結局のところここまでだ。
味方は全滅し、試作機の1つは沈黙……この状況でもまだ立ち向かってくるかね、威勢の良いパイロット君?』
諭すような、そして癇癪をおこした子供をなだめるような口調だった。
もう力の差は解ったのだから諦めてシィオーに従ったらどうかと、優しく訴えかけてくる強者の言葉だ。
『これ以上、人生で苦しみたくはないだろう?
我々のもとに下れば、そんな苦しみから解放されるのだ』
奴の言っていることはある意味で正しい。
彼らが現れたおかげで日本は労働問題を解決でき、その結果として苦しむ者が少ない環境が得られたのは事実だ。
シィオーという地球外の知生体が存在したからこそ今の日本があるのは否定しようのない真実なのだ。
その真実を知っているからこそ、シィオーは人類を滅ぼさず管理下に置こうとしているのだろう。
仮に人類が労働力としての力を持たない存在だったとしたら……あるいは制御できないほどどうしようもない存在だったとしたら、彼らは人類の存続を許さなかったかもしれない。
俺達が生きていられるのは、彼らが地球人類に価値を見出したに他ならない。
(でも、だけど……)
出撃前の養父の言葉を思い出す。
『 このタイミングを逃せば、地球人類は二度と支配から抜け出せなくなる』
その管理された世界は、はたして人間が生きていると胸を張って言える世界なのだろうか?
俺達が自立した生活を営んでいると語れる人生なのだろうか?
否、断じて否だ。
支配されるのは簡単だが……自由を失い、感情を失ってしまっては生きているとは呼べないだろう。
与えられた命令をこなすだけでは鼓動を刻むだけの人形でしかない。
確かに人の歴史は戦いの歴史だ。
欲や憎しみ、平和を望んだ心が戦争を、結果として生み悲しみや苦しみをばらまいた……だが同時に、生活の発展も促してきた。
人類がここまで栄えたのは、戦いの先に未来があったからに他ならない。
では、未来を人類が望んだのはなぜか?
(人の願いが……感情があったからだろう!)
折れかけていた心に怒りの火が灯ってゆく。
軋み悲鳴をあげる機体を立ち上がらせ、自らの意志に喝をいれる。
(そうだ、未来は……人類が負けない限り未来はある!)
この戦争は人類に傷跡を残すだろう。
それでも、人に心が残っていれば人は未来を紡げるはずだ。
だから──怒りのままに叫んだ。
「未来を閉ざすお前達の声に……従ってたまるかああああああっ」
その刹那、心のどこかでリミッターの外れる音がした。
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