第5話 生き残りを賭けて
素早く機体ダメージチェックを行う。
左腕関節部が損傷しまともに稼働しないが、肩とマニピュレータが動くので使いどころはあるはずだ。
「他に故障はない……これならまだ!」
右腕でダガーを抜きながらアンノウン──アーキへの接近を試みる。
俺の機体に遠距離攻撃手段はない……味方の援護が期待できない今、距離を取られてしまえば勝ち目はない。
『まだ向かってくるか。
それが君の答えというなら、相手をしてあげよう!』
アーキが歩兵剣を構える……俺を正面から叩き潰すつもりらしい。
己が上位者だと疑っていないのか、その物言いは上から目線だ。
『ふっ!』
敵の歩兵剣が横なぎに振り払われる。
パイルの加速性能を見越しての一撃──そのまま直進すれば俺を真っ二つにするだろう。
だが、先ほどと同じ回避方法ではまたやられかねない。
背部スラスターの出力はそのままに大地を蹴りつつ、空中で無理矢理機体の姿勢を変える。
ジャンプで斬撃を躱しながら防御手段のない頭部にダガーを叩き込む算段だった。
『なんのっ!』
「ちいっ」
剣とダガーが空を切る。
敵は肩のスラスターを噴射することで無理矢理右側へと移動し、ダガーの切っ先が届かない場所へと逃れていた。
とっさの判断でダガーを投擲してみたが、これは振り向きざまに剣でガードされる。
敵の剣に多少の亀裂が入っているが、破壊するには至らなかったようだ。
着地しつつ付近に落ちていた歩兵剣を拾う。
先ほどアーキにやられた味方機のものだ。
「借りるぞっ」
コクピットを潰された残骸が返事をするはずがない……そんな当たり前のことは理解していたが、それでも口に出さずにはいられなかった。
言葉にすることで、自分を奮い立たせたかったのだ。
『今度はこちらがやらせてもらう!』
一気に距離を詰めてきた敵が振り下ろす剣を受け止める。
剣を押し合う2機から聞こえる軋み音はまるで悲鳴のようだ。
頭部ガトリング砲をフルオートで発射する。
敵機を貫通するほどの威力はないが、今回の狙いは敵機の破壊ではなく──
『頭部のセンサー類とガトリング砲が故障だと!?』
カンプス・レーヴやスモービィはカメラやセンサー類が機体の様々な場所に埋め込まれているが、メインとなる機器は頭部に集約されている。
頭部は他の部位よりも機器が邪魔にならず、被弾率も低いためだ。
そんなセンサー類が詰まった頭部がダメージを受ければ、戦闘続行は可能だろうが何かしらの機能に支障が出るだろう。
現に何か問題が発生したのか、敵の殺気が一瞬だけ緩んだ。
敵の剣を押し返し、ある部分を狙って振り上げる。
再度剣が交錯し──敵の剣が半ばから折れた。
ダガーを防御した部分が斬撃に耐え切れなかったのだ。
「でええいっ!」
『ぬうっ!?』
敵機の胴体めがけて蹴りを放つ。
この攻撃は押し返された勢いを利用したバックステップで躱されるが、相手の態勢が少しだけ崩れる。
一歩踏み込んで剣を振り下ろす。
この一撃が入れば終わる──!
『くっ!』
「な」
だがその一振りは、敵を撃破するには至らなかった。
敵は自身の左腕を犠牲にして回避し、逆にこちらの左腕をつかんで腰に蹴りを入れてきたのだ!
耐え切れなかった左腕が引きちぎられる。
「がああっ!」
機体が地面に倒れこむ際の衝撃がコクピットに襲いかかる。
脳が激しく揺り動かされ、内臓が圧迫される痛みで再び飛びそうになる。
(まだだ、奴を倒すまでは……!)
必死に意識を繋ぎとめながら機体を起き上がらせ、体中の痛みを怒りの感情でねじ伏せて再び敵と相対する。
敵は完全にこちらの攻撃の射程外に逃れていた。
先ほどの攻防の際に距離を取られてしまったらしい。
敵機の動きは最初の頃よりもどこかぎこちないのは故障の影響か……俺と距離をとったのもその故障が理由だろう。
『人類の力……まさかこれほどとは』
「こんなもんじゃねぇっ!」
想定外と言わんばかりのシィオーに対して力いっぱい叫ぶ。
左腕は無くなりいくつかのモニターとセンサーも機能を停止しているが、まだ機体は生きている。
まだ戦いは終わってはいない……奴に勝つまで、終わらせるつもりはない。
この命ある限り、敵対する意志ある限り、俺は負けを認めるわけにはいかない。
「お前を……シィオーを倒して自由を、未来をつかむっ!」
そんな俺の言葉に思うところがあったのだろうか。
『意地か、それとも執念か……やはり地球人類を野放しにするのは危険だ。
その制御できない感情が、いずれ世界に害を及ぼす!』
シィオーは納得したかのように呟く。
「害だと!?」
『その通りだ。
地球人類の欲が、怒りが、一方的な正義感が世界の平穏を壊す!
平等と叫びながら格差を生み出し、平和を願いながら火種を撒く……君達はそういう種なのだ!』
「それはお前達の一方的な見解だろう!?」
勝手な理屈を相手に押し付けるから反発し、争いに発展する。
争いの中で強者と弱者が生まれ、地位や立場が生まれ、格差が生まれていくのだ。
『君がそう思うのなら、今はそれで構わん。
いずれは考えを改めてもらうことになるがね』
敵機から放たれていた戦意が消失する。
「逃げるのか!?」
『ここまで追い込まれるとは想定していなかったからね、作戦の練り直しさ』
この敵は引き際を心得ているらしい。
傷を負っている今のうちに叩いておきたいが、距離を詰める間に空中へ離脱されるだろう。
遠距離武器を持たないパイルでは敵が去るのを黙って見守ることしかできない。
「くそっ」
『ではさらば……ぐぅっ!?』
突如、アーキの背後で爆発が生じる。
発生源は──アーキの背面に装備された換装ユニットだ!
『何が起こった!?』
敵は混乱しながらも換装ユニットがパージしてその場から離れる。
直後、換装ユニットが再度爆発を起こして鉄屑と化した。
これによりアーキは飛行できず、この場を急速離脱出来なくなったことになる。
『この時を……待っていました』
その時、通信機越しに声が聞こえてきた。
建物の崩落に巻き込まれ行動不能に陥っていた少女のものだ。
『油断しましたね、アンノウン』
少女が乗っていた機体が埋もれていたはずの建物の残骸に目を向けると、一部分から人型兵器の右腕が突き出されていた。
その手にもつものは小銃。
この戦闘が始まってから一度として使用されることのなかった武装だ。
『まさか、もう一機の……』
敵機からうめき声が漏れる。
無力化していたと思っていた機体から攻撃されたのだ、敵が驚くのも無理はない。
「華音……動けるのか?」
『いえ、これ以上の戦闘は不可能です。
右腕だけはなんとか動かせますが、他はダメージが大きすぎて稼働しません。
弾も打ち尽くしてしまいました』
建物の倒壊に巻き込まれた影響は大きかったらしい。
そんな破損状況においても何とか動かせる腕だけで足掻いた結果が今の状況をもたらした。
「ともかく助かった、後は俺に任せて休んでくれ。
奴は──必ず仕留める!」
機体も俺の体も限界に達しつつあるが関係ない、シィオーを倒すまで立ち上がってみせよう。
俺の怒りが燃え尽きる、その時まで。
『仕方ない、君を倒して堂々帰還するとしよう』
膝をついていたアーキが立ち上がり拳を構える。
どうやら敵も覚悟を決めてくれたようだ。
武器を拾わないのは上位者としての矜持か、それとも自信の表れだろうか?
(その認識は間違いだと、お前自身の命でわからせる)
剣を構え──静寂が周囲を支配する。
「てえぃっ!」
構えていた剣を敵めがけて投擲し、そのまま敵めがけて突っ込む。
敵のほうが俺よりも近接戦闘に長けているのは先の2戦で理解できた。
先手を打たれては、そうでなくとも正攻法では勝ち目がない……だから自分の得物を投げつけることから始めた。
『なんのっ』
敵はまるで見切っていたかのように高速で飛来する剣の柄を右手で掴み取る。
人類の能力ではおよそ不可能で、一歩間違えれば腕が切断されるかもしれない芸当を平然とやってのけたのだ。
地面に突き刺さっていたダガーを拾い上げ逆手に持つ。
ところどころ刃こぼれしているがあと一回くらいは使えるはずだ。
歩兵剣よりも小ぶりだが俺の性に合っていたので、この場ではどうしてもダガーを武器にしたかったのだ。
敵に肉迫する寸前、敵機が視界から消える──
「上か!」
勘で敵の行動を予測し、横飛びする形でその場から離れる。
直後、勢いのついた斬撃が先ほどまでいた空間を分断していく。
敵を探していたら一刀両断されていたと思うとゾッとする。
「だが横なら……うおっ!?」
横から接近し一撃を叩きこもうとするも、それよりもワンテンポ早く敵の回し蹴りが繰り出されたため慌てて飛びのく。
その間に敵は態勢を建て直し、俺めがけて踏み込んできていた。
回避する余裕はない!
『終わりだ!』
「まだっ」
垂直に振り下ろされた剣と自機の間になんとかシールドを滑り込ませる。
敵機から繰り出される強力な斬撃は、おそらくシールドごと俺を両断するだろう。
(間に合えっ)
だからその直前に、シールドを固定していたジョイントを腕からパージし、スラスターを噴射した。
勢いよくパージされたシールドが迫りくる剣の勢いを少しだけ弱める。
その少しの時間が、自機を敵機にぶつける余裕を作り出した。
『うおおおお!?』
「ぐううう!」
機体同士がぶつかり合い激しい揺れに襲われる。
真正面から衝突したのでお互いに無防備だ……だが、こちらには最後の一手が残されている。
「──っ!」
ダガーを敵機胸部に突き立てる。
カンプス・レーヴのコクピットは胸部に存在することはデータベースで検索済みだった。
アンノウンとはいえ、敵が自分の機体をカンプス・レーヴと呼称した以上、構造上の違いはそんなにないと踏んでいた。
コクピットさえつぶせば機能を停止することも含めて。
(勝ったぞ──)
そう確信したタイミングで自機に衝撃が襲い掛かり、俺の意識はそこで途絶えた。
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