機動労働伝スモービィ

もみあげマン

第1章 選択の日

プロローグ

人類の労働環境に変化が訪れたのは俺がまだ子供だった頃の話だ。


システム自動化技術の発達により危険な作業が次々と自動化されてゆき、労働災害が格段に減っていった。

一般への普及は費用対効果の問題から量産体制が整っていなかったが、それでも一般社会への導入は時間の問題だろうと言われていた。


ここで問題になるのは、機械に仕事を奪われた人々は無事に次の職を得られたのかどうか、だ。

他にスキルを持っていた労働者はともかく、その道一筋で働いていた人々は?

ある日突然解雇を通知された彼らは、明日を見いだせたのだろうか?


この問題に対する解は……日本に限って言えば、表向きは不明という言葉に辿り着く。


当時のテレビ欄には連日のように、作業者の失職問題について考える番組名が羅列されていた。

真面目に論ずる番組もあれば、ふざけているとしか思えないようなものまで存在したが、各番組に共通した結論は”失職者の増加に伴い各地でホームレスが増加するだろう”であった。

薄給で蓄えのない人々が家賃を払えず、家を追われるだろうと予測していたのだ。


はたしてそれは、現実になった。

機械に職を奪われた人々は住む場所を追われ、身を寄せ合いながら屋外で食つなぐ日々を過ごしてゆく。

そのうちに人生に絶望し、自殺や犯罪に走る者が少なからず現れるのは必然と言えよう。

これにより交通機関が連日麻痺し、治安は悪化の一途を辿った。


さらに追い打ちをかけたのが、賃貸契約数の減少による不動産事業の営業不振だ。

家を失った人々から得ていた少なくない利益が消えたため経営が傾き、体力のない会社が次々と倒れ、更なる失職者を生みだす。


作業の機械化を境に不景気の時代へ逆戻りする──誰もがそう結論付けながらも、誰も有効な打開策を打ち出せないまま時間が過ぎてゆく……はずだった。

失職者たちが次々と行方不明になるまでは。


『消えた失職者!彼らは一体どこへ?』


ある報道番組が組んだこの特集によって、人々は住所無き人々が各地から居なくなっていたことに気付かされる。

集団的な……それも全国的な行方不明事件に人は恐怖し、神隠しや陰謀論、果ては異世界召喚などと騒ぎ始める。

世界の破滅を唱える者も現れ、最終的に騒ぎは日本政府が戒厳令を発令するまで拡大した。


「その日本政府の判断が結果としてその後の事態を悪化させた、か。

否定はできないが、あの時代……外敵が存在しないと考えられていた頃としては最善手だったろうに」


端末経由で入手した情報を流し読みしていた俺はそうぼやきながら溜息をつく。


「仕方ないんじゃない?

それを書いた人……いや世代かな、彼らは批判したがる傾向にあるから」


隣で別の端末を扱っていた男がケラケラ笑いながら応対してくる。

この男の軽い調子はいまいち好きになれないが、言っていることは事実だ。


俺達より10歳ほど離れた年代の人々は常に不景気な世の中で生きてきた……だけでなく、政府の方針に振り回され続けた世代だ。

本人達のせいではないのに、いわゆる『ゆとりの教育』を受けた世代だからと足元を見られ、頭ごなしに否定され、良いようにこき使われてきた影響か、当時の政府を批判する傾向が強い。


「だが、地球が侵略されようとしているこの時世……同じ人類を批判するのはどうかしているとしか思えない」


そう、地球は今、狙われているのだ

地球外からやってきた人類に似た存在”シィオー”によって。


シィオーとは、地球人類が初めて遭遇した地球外生命体の呼称である。

一般には知られていないことだが、彼らは人類に似た体系、性質を持つことが調査結果から判明している。

ただし、未だ宇宙進出にてこずっている地球人類よりも技術力が数段上のレベルに達していることは言うまでもないことだろう。


彼らの目的は実に単純明快だった──地球人はシィオーの監視下に入り労働力を提供せよ、と。


各国の首脳陣はこの要求を突っぱねた。

シィオーの要求が奴隷に近いものだったためだ。


「そりゃ誰だって、身体を弄られて他人の言いなりになれ、と言われたら断るだろうさ」


「だが日本は先んじて要求を呑んだ……正確には、十数年前から恭順していた」


ここで話は最初の失職者がどうなったのかに戻ってくる。

作業の機械化に伴い職を失った者達はどこへいったのか──裏側を知る人々にとってその問いの答えは明白。


シィオーの労働力となった、だ。

日本の社会構造に目をつけていたシィオーは、世界に対し要求する前に日本政府と既に接触していたのだ。


『現状を解決したいのだろう?

戦いたくないのだろう?

ならば目を瞑るだけで良い、後のことは我々で対処しようじゃないか』


彼らの提案は政府にとって魅力的だった。

労働問題を解決し、反戦主義者達から非難を受けず、地球外生命体に関する問題も先送りできる……小を切り捨てることで、当時発生していた問題を一気に解決できるのだから。


そして何より、現状の地球の技術力では彼らに勝てないことが明白だった。

シィオーの使者が秘密裏に接触してきた際に見せつけられた装備の数々で、政府の要人たちは負けることを察してしまったのだ。

だから彼らの要求に従わざるを得なかった。


「そのおかげで米中露から総攻撃を受けたわけだよなー。

シィオーに返り討ちにされたけど」


「奴らは核攻撃すら防ぎきったからな」


シィオーが最初に降り立った地は日本だった。

そこで先に挙げた3国は、日本を犠牲にしてでもシィオー排除すべきだと判断し、武力行動を開始する……しかし結果は惨敗。

遠征部隊は全滅し、最後に発射された核搭載型の大陸間弾道ミサイルすら無力化される結果に終わった。


「悪趣味だよなぁ、人に蹂躙されるのが最高に屈辱的だろうからって人型兵器を送り込んできたわけだから」


「カンプス・レーヴか」


カンプス・レーヴ、シィオーが所有する人型兵器の名だ。

全長7メートル前後の単座式、マニピュレーターによって様々な作業が行え、背面の装備を付け替えることで様々な状況に対応できる汎用兵器とされている。

兵器が人型である理由は不明だが、全域通信を用いて人類の従属を求めたシィオーの幹部らしき人物は『人を模した兵器に倒されたほうが支配されるように感じるだろう?』などと言い放っていた。


カンプス・レーヴの材質やエンジンには未だ謎が多いが、運良く太平洋に墜落した機体を日本政府がこっそり鹵獲、調査しているので完全解明は時間の問題とされている。


「さすがは日本政府、二枚舌外交がお手の物ってね。

表向きは従うふりをしつつ、裏ではこっそり対カンプス・レーヴ用の兵器を造る……普通の神経ではやれないでしょ」


「フォーク博士の影響もあるのだろうが」


「おっさんかー、相変わらず得たいが知れないよなー」


フォーク博士は対カンプス・レーヴ兵器開発の第一人者だ。

鹵獲した機体の解析から新兵器開発までを統括する、反シィオー勢力になくてはならない存在だ。

幼少だった俺や隣にいる男を拾い、戦士として育ててくれた師匠でもある……のだが、彼の言った通りよくわからない人物としても有名だ。


何しろ、育てられていた頃はマニュアル操作の重機をこよなく愛する奇特な中年男性にしか見えなかったのだ。

その割には武道に通じ、機械類にも強かったため何が本業なのか全くわからなかった。

本人曰く『研究業界を干された阿呆』との評価だったが、外敵に対抗可能な兵器を生み出し、パイロット養成まで行える人物が阿呆なはずがない。


フォーク博士が提唱した対シィオー兵器開発計画”リ・ユース計画”で開発された人型兵器はスモービィと呼ばれている。

スモービィはいくつかの点でカンプス・レーヴよりも劣るものの、カタログスペック上はカンプス・レーヴと互角に戦えることになっている。

テストパイロットを務めている俺としても負けるつもりはない。


スモービィの欠点はカンプス・レーヴに比べて大型化したことにある。

エンジンやコクピット周りが未だブラックボックスなため現行のシステムで代用せねばならず、必要なものを搭載するために大型化を余儀なくされたのだ。

また、背部の装備換装機能もオミットされているため汎用性に乏しい。

飛行するためには専用の戦闘機が必要となり、その戦闘機と連携する場合は小回りが効かないので苦戦を強いられる、と予測されている。


「ロボットアニメみたいなビーム兵器が飛んでくるわけじゃないからなんとかなるでしょ」


「……お前は楽観的だな」


「あるものでなんとかするしかないからね」


なるほど一理ある。

だがそれを口にすれば、この男は調子に乗るので言わないでおくことにする。


「いやー、でもこう考えると俺達の役割って超重要じゃない?

人類の存亡を左右するみたいな?」


「尊厳をかけている、が正しいな。

負ければ飼い殺されるから滅びはしないだろう」


「彼らの一存で生死が決まるのに?」


確かに、シィオーの気が変わってしまえば滅亡一直線だ。

反抗できないように脳や体の一部を弄るらしいので、そこに細工しておけば殺すこともたやすいだろう。


「なら、滅ぼされないように勝つまでだ。

幸いにも俺達にはその力が与えられている」


「それもそうか。

よーし、女の子にちやほやされるためにも頑張っちゃうぞー」


この男は……と呆れつつも、そう思えることは幸福なことなのだろうと思い、その言葉を否定しないでおく。


シィオーに屈し、人生を勝手に決められるなど断じて認めるわけにはいかない。

今は反旗を翻すための雌伏の時だが、時が来ればこの命ある限りは彼らに牙を向け続けよう。


まだ人類は、負けてなどいないのだから。

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