カクヨムで読んだ中で、もっとも「すごい」と思った作品の1つ

「蟻の枝」「蝉の死骸の日記」「これはひどい」「ミミのしっぽ」という4つの短編で構成されているんですが、それぞれの話が象徴的な場面の連続になっていて、表層に描かれていることより、もっと深い何かを伝えようとしていると感じます。

たとえば、「蟻の枝」は一見すると、子供の頃のかくれんぼの話、蟻地獄に蟻を落として遊んだ話、みんなで見た上映会の話、死んでしまった生物の墓をつくった話……など、懐かしさを誘う情感あふれる短編ですが、何気ない場面を積み重ねて暗示されるのは、エロスとタナトス、自己愛と対象愛といったフロイト的な思想です。

この作者さんの作品を『幻想を泳ぐ魚たち』『ミミのしっぽ』『アスコラク』という順番で読んでいくと、よりそう感じるんですが、夷也荊さんは心理学、文化人類学、社会学、表象学といった分野の広い知識を持ち、ふだん意識されることのない社会や心の深層、構造を解き明かそうとしている、思想家でもある人だと思います。

また、そういった要素を抜きにしても、この短編集、特に「ミミのしっぽ」――幼馴染みと死に別れた故郷に帰る、2人が共有していたミミという猫が少しずつ消えていく話は、成熟に伴う「喪失」に胸打たれる、素晴らしい短編だと思いました。

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