黒幕
◆ ??? ???
「コテンパンにやられたようね」
病院の端の方。
トイレに行くと偽ってその場から離れて探して見つけた、周囲に誰もいない静かな場所。
そこで私は、先に述べた通りに辺りに人の気配がないにも関わらず、虚空に対して言葉を投げた。
すると、
『そりゃそうだよ。あんなキャラ、私じゃないし』
虚空からそんな言葉が返ってきた。勿論、相も変わらず傍には誰もいない。
聞き覚えのある声だったが、この言葉は今は私にしか聞こえないはずだ。
そして、その声から全ての顛末を詳細に聞いた結果、私は最初の嘲りの言葉を口にしたのだった。
「とはいっても、何よあれ? 何でよりにもよって【遊戯を司る神】なんて名乗っちゃったのよ?」
私はくすくすと笑いを抑えられずに、その声の発信源の名を告げる。
「ねえ――【恋愛を司る神様】?」
『……仕方ないじゃない』
不満たらたらな声。
『【遊戯を司る神】から「これはオリジナルゲームだよ」って渡されて進行させられたんだから。ルールも隅々まで把握しているわけでもないし、あと、それが既存のものなんて思いもしなかったのさ』
「それ以外もボロボロだったけどね。特に挑発にすぐに乗るところは本当に神様かと思うよ。振り回され過ぎ」
『ぐぬぬ……だから領分が違うから仕方ないじゃないか!』
(まあ、そのボロを出させたのは私だけど)
そう内心でほくそ笑んでいると、憤慨する声が降ってくる。
『それに――沼倉充君に、このゲームの全てを覚えさせるように依頼をしたのは君じゃないか!』
「まあ、そうね。それが目的だから、当人のみの記憶を残すことを代償に他の全員が生存できる道筋があるようにしてとは確かに言ったけどね。充ならそのルートを導き出せると思っていたし、そのために自分の記憶を残すことを選ぶとも思っていたし、結果的にそうなったから問題ないけどね。まあ、京極君も覚えるようになったのは予想外だったけど」
『だって仕方ないじゃん。あの雰囲気だったら「京極直人君は別で残さなくていいよ」なんて出来なかったし』
「さっきから仕方ないって言葉多いわね。訂正しなさいよ」
私は口の端を上げる。
「今回のゲームで何人生き残ろうが、『どうでもいい』、ってのが本音でしょ?」
『……ん、そうなんだけどね』
だってさ、と中空の声は告げる。
『最初のゲームで君は完膚なきまでに【遊戯を司る神】を叩き潰して全員生存を確定させて、【
「……語弊があるわね」
その言い分に、私は文句をつける。
「全員生存については確定じゃなくて、充が選択出来るようにしただけじゃない。充が気が付くと信じたから、結果的に出来ただけよ。あくまで全員生存できたのは――充のおかげなのよ」
『はいはい。愛の力はすごいですね。……ていうか、マジですごかったみたいだけど』
「何が?」
『最初のゲームは、沼倉君が死んだ途端に、君の行動が半端なく変化して一気に収束させて終息させて、【遊戯を司る神】に完全勝利したと聞いているよ』
「んー、あの時は必死だったし、覚えていないなあ」
『嘘ばっかり』
もちろん嘘だけど、と心の中で舌を出していると、
『でも、だから疑問なんですよね』
「何が?」
『今回、君は途中で死亡したじゃない。しかも、囮になって、そんなことをしなくても勝てる方法などいくらでもあったのでは?』
「あったかもしれないけど、やっぱり、思ったんだよね」
私は深く頷く。
「好きな人を失うのって、すごく嫌だな、って」
『……君の行動原理のすべてに沼倉充君が入っているんだね。それ故に、そこまでの執念には感服するよ』
中空の声は、はあ、と大きく息を吐いたような声を出して。
『はい。じゃあこれで私は君の頭の中から消えるよ。君はいつも通りだ』
「ちょっと待って。最後に確認させて」
念押しをする。
「約束したことは、きちんと守ってもらえるのよね?」
『もちろん』
中空の声は答える。
『あのゲームを通しての記憶を君が全て所持し、沼倉充君も2番目のゲームの記憶をずっと保持する。
そう――君と沼倉充君が告白し合ったあの夜のことも含めて』
私の目的はそれだった。
彼に意識してもらうこと。
キスまでしたのだ。
私が覚えていないと思っていたとしても、意識してくれるに決まっている。
それに好きって言ってもらえたし、時間の問題だろう。
今回、2番目のゲームをするにあたって【恋愛を司る神】に対し、私が出した条件は、ただ3点のみ。
1.【最後の審判】で全員生存が出来るような穴を作ること。
2.この残酷なゲームの記憶を残すことを前提にそのルートを確立させること。
3.私の記憶は残すこと。
それだけだ。
役職者選択やチーム分け、他の人達の情報など、ゲームについての干渉などは一切行っていないし、その3点以外に関して【恋愛を司る神】の言動の指定などはやってもいない。
故に充が生き残ったことは実力だし、その結果、穴を見つけ出して全員生存ルートを見つけ出したのも、彼の実力である。
だから【遊戯を司る神】もこんな2度目のゲームを許したのだ。
私や充が勝つかなんて、何も確定していなかったのだから。
「そう。なら問題ないわ。ありがとう」
『どういたしまして。それじゃあね』
中空の声は消えた。随分とあっさり消えたものだ。もしかするとこれ以上私と会話するのは嫌だったのかもしれない。散々振り回して、最後の審判の時にわざとポンコツに見せかけるような羽目になって辛い思いをさせていたから、そういう態度も無理もないだろう。
ただ、途中で充をルール違反でもないのに脱落させようとしていたりしたから、元来、本当にポンコツなのだろう。あれはさすがに私との約束に対してのルール違反だったので、頭にきて「負け犬」って言ったけど。
結局恋愛も駄目だね、あの神様。
「でも……『汝、隣人を愛せよ』って、リアルな隣人を愛している私はどう反応すればいいか分かんないっての」
あのゲームの題名を聞いた瞬間に、嫌みか、と思ったことを、今更愚痴のように口にする私。もしかすると私が黒幕だって恣意的に示唆をしたのかもしれない。
実際、仕組んではいるが、黒幕と言えるかは微妙だけどね。
ただ、本来不要である2番目のゲームを開催した、という意味では黒幕に当たることは間違いないのだが。
「まあ、どうでもいいか」
結果的に計画は良い方向のみに進んだ。
みんなが死なない方向で進んだ。
そして――いるのだ。
あの時の記憶がある充が。
みんなを生存させた充が。
私と両想いであることが確実である充が。
「さて……考えますか」
ここからは戦略だ。
一生を――命を懸けた戦いだ。
だけど、命を懸けた戦いという共通点はあるにしろ、あんな残酷なゲームと同じようなことは2度とごめんだ。
誰がするか。
でも、恋愛の駆け引きという意味では、そういう戦いは行っていく。
私も彼も意外とシャイだ。
先に進むのを拒む傾向にある。
だが、今回の件で私は彼の本心を聞けた。
だから一歩踏み出すことが出来る。
ならば、踏み出してもらおう。
そのために考えよう。
「どうやったら充から告白してもらえるのか、をね」
返事が良い方向にしか行かないことを知りながらも、恐怖心から、自分が先に踏み出すことはせずに、彼からのアプローチを待っていく。
結果的に2つの神を振り回した私だったが、恋愛に対してはどうしようもなく奥手だった。
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