沼倉 充 ③
◆【村人】B 沼倉充
「何言ってんだよ、お前ら!?」
突然の佳織と沙織の宣言に、俺は愕然としていた。
「自分から命を投げ出しに行くとか、どういうつもりだよ!?」
「ごめんね。充に言ったら、絶対に止められると思ったのよ」
佳織が目を伏せる。
「止めるに決まってんだろ! 何で……」
「私達、もう疲れちゃったのよ」
沙織が息を深く吐いて答える。
「陽介、そしてシャロ。確実に私達を狙ってきているかのように連続して死んでいるじゃない。かなちゃんとかあんたとか野田っちが死ぬのを見たくないんだよ」
「そんなの……」
――俺も同じだ。
そう言おうと思ったのだが、言葉が先に続かなかった。
陽介。
シャロ。
続けざまに失った。
だが俺は何の対処もしなかった。
出来なかった。
生き残る方法をずっと考えていた。
だけど、蒲田の意見に反論するわけでもなく、死を受け入れていた2人のことをただ見守るしか出来なかった。
そんな俺が、仲間が死ぬのを見たくないと、軽々と口にして良いのか。
「……だからといって……お前らが命を賭ける必要がないだろうが……っ!」
「ごめんね」
「……」
佳織の謝罪に言葉を返すことも出来ず、俺はふらりと立ち上がる。
「……すまん。ちょっと1人にさせてくれ」
そう口にして返事も聞かず、俺は大広間を1人で退出した。
扉が閉まるのと同時に、俺は速足で自分の部屋へと向かう。
「どうすればいい……どうすればいいんだよ……っ」
言葉が口から洩れる。
頭を必死に回転させる。
自分の部屋を一度通り過ぎてしまうほど、頭に意識を回す。
部屋に入って、更に独り言は大きくなる。
「佳織と沙織が【A村の反射魔導師】と【B村の呪人間】だと……どうしてそんなことを言ったんだよ……」
頭を振る。
「……いや、それは蒲田に喧嘩を売ったから、だな。明らかに【A村】の【魔女】だし、陽介とシャロを犠牲に導いた奴だからな。憎む気持ちは十分に分かる……分かるが……」
唇を噛みしめる。
「よりにもよって、どうして……いや、後悔なんてどうでもいい」
首を一度横に振って、俺はパソコンを起動する。
そしてパソコンのメニューから、カメラのマークを選択する。
画面に映し出されたのは、1日目の議論の様子だった。今までの議論の様子は録画されており、パソコン上で自由に再生することが出来る。どこにカメラがあったのか、画面に表示されている人物名を押せば1人1人の表情まで克明に見ることが出来る。
「残されたのはこれだけなんだ……」
俺はすがる様に、必死に画面に齧りつく。
1秒どころか一瞬も見逃さないよう、眼を皿にしてチェックする。
――だが。
刻々と時は無情にも経過して。
時刻は既に夜の11時30分。
にも関わらず、俺は未だに目的を果たせずにいた。
既に自分を除いた全員分の映像を確認した。
大体の役職も把握した。自分の周囲にばらまかれている紙の山には、人物名と推定役職が書き殴られていた。
それでも――俺の知りたい情報は得ることが出来なかった。
「何で……何でだよ……ッ」
時計と画面を交互に見て、俺は焦りで髪の毛を掻き毟る。
自分自身への怒りで、どうにかなりそうだった。
「何で分からねえんだよ……」
思わず机に突っ伏し、悔しさで歯を食いしばる。
と、その時だった。
ガチャガチャガチャ。
「……」
視線をパソコンから扉へと移す。
間違いなく、俺の部屋のドアノブが廻っている。
「……誰だ?」
問い掛けても相手側には聞こえないということを忘れる程に疲弊していた俺は、ふらふらと入り口に立ち、扉を開く。
そこにいた人物を見て、俺は眼を見開いた。
「佳織……」
扉の外にいたのは佳織だった。
「遅くなのにごめんね、充。ちょっと入ってもいい?」
「ああ、構わないけど……」
「っていうか汚っ! なにこの紙の山? 泥棒にでも入られたの?」
「それは……」
「……あ」
紙を拾い集めていた佳織はその手を止める。
「……そっかあ。やっぱり、充は頑張ってくれていたんだよね」
「……ごめん」
「何で謝るの? むしろ嬉しいんだよ、私」
振り向き、笑顔を見せてくる。
「だって、これって私達を助けようとしてくれた結果じゃない。この紙に人の名前と役職名が書いてあるってことは、探してくれようとしたんでしょ? ――【GM】を」
「……」
佳織の言う通りだった。
佳織と沙織を救うただ1つの方法とは、【GM】を探し出すことだった。
色々な要素からシャロが【B村】であることが濃厚であることが推測出来るため、【GM】を見つけることが出来てそれが【B村】の人間であれば、その人物の処刑をすることで、両村同数で終了することが出来る。そうなれば蒲田を挑発する必要はない。
「……でも、結局誰だか分かんなかった。意味ねえよ」
「やっぱり難しいよね。私もちょっと考えたけど分かんなかったよ。……あ」
「どうした?」
「ねえ充、この紙に書いてあるのが、みんなの役職とか村とか、最終的な考え?」
「ん、いや、こっちが最終的なやつだよ」
「見せて」
紙を渡すと、途端に佳織はしてやったりという表情になる。
「何だよ」
「いやさ、なんか充を出し抜いた、って感じでちょっと嬉しくなったのよ」
「出し抜いた?」
「充って、私の方が【呪人間】だと思ってるんだよね?」
「そうだよ。だって吉川に占われたと言われた時に、沙織はあんまり動揺しなかったじゃねえか。【呪人間】ならば自分の命が掛かっているから、その時点で表情を動かしたりするだろうが、沙織は全くの無反応だった。だから【反射魔導師】で吉川の言葉の最後までを待っていた、ということが俺の推定だ」
「……それって沙織の功績じゃない。まあいいや」
少しむっと眉を潜めたが、再びドヤ顔になって佳織は言う。
「もう察してると思うけど、私の方が【反射魔導師】なんだよね」
「……そうなのか」
「そうなんだよ。充を騙せたから、きっと蒲田も騙せそうだね」
「……」
それがあるからこそ、俺は憂鬱だった。
蒲田も同様の考えに至っているだろう。
そうなれば狙われるのは絶対に――佳織だ。
「……分かっているのか?」
「分かっているよ」
具体的に訊かずとも、佳織は頷いた。
「沙織が犠牲になるよりはいいじゃない。姉としてはそう思うよ」
「……訳が判んねえよ!」
俺は怒りと困惑を混ぜ合わせた感情をぶつけた。
どうしても、どうしても、理解出来なかったことがあった。
「どうしてあの場面で犠牲にするようなことを言ったんだよ! 自分達を犠牲に……沙織も危険になるのも分かっているのによ! かといえば、沙織が犠牲になるよりはいいとか、行動原理が訳が判んねえんだよ!」
「この提案をしたのは私だよ。理由は簡単。親しい人がこれ以上犠牲になるのが嫌だったからだよ。あいつは最近ずっと、私達グループばっかり狙ってきていたしね」
佳織は淡々と答える。
「ついでに言うと、私は、元から沙織が蒲田に呪われるとは思っていなかったしね。蒲田なら私が【呪人間】だと判断してくれると、ほぼ確信していたし。だけどそのまま言ったら私を先に呪わないじゃない。だから沙織を巻き込んだのよ。形だけね。沙織は結構抜けているから、多分、そういう意図は気が付いていないんじゃないかな。騙すために少し感情的になったように装って、しかも始まる直前に提案したからね。気が付いていたら絶対に反対しただろうし」
「お前……まさか最初から自分が犠牲になるためにあんなことを……?」
「そういうこと。全部私が考えて、私が実行して、私が――犠牲になる。これが私の描いたシナリオだよ」
あ、そうだ、と佳織は思いついたかのように付け足す。
「私と蒲田が死んだら、沙織が【呪人間】だとバレちゃうからね。そこのフォローはお願いするよ。何とか引き分けに持っていく方向か、【A村の魔女】を説得してね。蒲田さえいなければいけると思うよ」
「それは当然するけど……」
「もうやっちゃったことに後悔してもしょうがないよ。先のことを考えようよ」
佳織は笑う。
いつものような笑顔。
俺の大好きな――笑顔。
(――これがあともう少しで見られなくなってしまうのか)
そう思うと、胸の奥から、込み上げてくるものがあった。
そして俺は、とうとう抑えきれなくなった。
「……嫌だ」
俺は佳織の肩を掴み、ずっと抑え込んでいた本音をぶつけた。
「俺はお前がいなくなるなんて嫌なんだよ! 何でそんなことをするんだよ! 馬鹿野郎!」
「……ごめんね」
「ごめんねじゃねえよ! お前は俺の気持ち知ってんのかよ! ひどい仕打ちだ!」
「えっ?」
「俺はお前のことが――好きなんだよ!」
言った。
小学生の頃からずっと隠していたことを言った。
最低のタイミングだ。
だが、ここが最後のタイミングだった。
自己満足でしかなかった。
だが、俺は止められなかった。
「佳織は……佳織だけは失いたくないんだよ! 代わりに俺がいなくなってもいい! 他の誰だっていい! 佳織がいなくなることが嫌なんだよ!」
すがりつくように、ずるずると足の力が抜ける。
ひどく身勝手な話だ。
俺は佳織を責めたい訳ではない。
俺はただ、望んでいるだけなのだ。
「頼むよ……今からでも取り消してくれよ……お願いだから……死なないでくれよ……」
それは無理なお願いだ。
佳織じゃどうにも出来ないお願いだ。
俺はもう、思考が止まっていた。
願望しか口に出来なかった。
「……私、だって」
ポタリ、と目の前に雫が落ちる。
俺は顔を上げる。
「私だって充のことが大好きだよ。ずっと、ずっとだよ」
佳織は大粒の涙を零し、へたりと座り込む。
「だから私はこんなことをしたんだよ。あのままだったら次に狙われるのは充だったから。蒲田は絶対に充を殺そうとしてくる。そんなのは嫌だよ……」
ようやく分かった。
佳織は俺のために、あんな行動を起こしたのだ。
俺はシャロに占われているから役職者ではないことは明確であるし、陽介、シャロと処刑されている中、狙われる可能性は十分にあった。
「……はは」
俺は力なく笑う。
何ということだろう。
「俺達、両思いだったんだな」
「……うん。そうだね」
その言葉は虚しく響く。
嬉しいけれどどうしようもない。
残る時間はあと少ししかないのだから。
「……充」
俺の名を呼びながら、佳織は俺の右手に左手を重ねてくる。
俺も自分の逆の手を佳織の手に重ねる。
しっかりとぬくもりがある。
まだ生きている。
俺は瞬きせずに、彼女を見つめる。
その上気した頬も。
潤んだ瞳も。
震えている唇も。
全部、そこにある、生きている佳織なのだから。
そして数秒後。
まるで自然とそうすべきであったかのように、俺達は唇を重ねた。
柔らかなその感触を楽しむ余裕はなかった。
確かめるように、長い時間。
ひたすらに彼女を求め続けた。
やがてどちらからでもなく唇を離し、佳織は俺の胸に身を預けてきた。
「ああ……今、絶対に人生の中で一番幸せだわ」
「人生の中で、って言い過ぎだろ」
「ううん。だって好きな人と結ばれたんだよ。それはもう幸せだって」
「そうか。俺もだ」
「ふふふ……まあこれで脱落しなかったら笑いものだけどね」
「笑わねえよ」
「あはは。ま、でもそれは沙織の犠牲の上に成り立っちゃうからね。妹には姉の幸せのために犠牲になってもらおうか」
そう軽口を叩く佳織だが、この言葉は勿論本心ではないことは知っていた。
だから俺は分かっていることを伝えるために、彼女を抱きしめた。
「……うん。ごめんね」
「謝ることじゃねえよ」
「あは。やっぱり充は私のことを分かってくれるね」
「分かるさ。だって好きなんだからな」
「……普通に恥ずかしいセリフを言うよね」
「そうか?」
「そういう所が昔っから……大好きだったよ」
「おい。お前だって恥ずかしいセリフが言えるじゃないか」
「当たり前じゃん。だって私は小学校の時から、ずっと、ずっと好きだったんだよ」
「俺もだ」
「ねえ、聞いてもいい?」
囁くような声で、佳織は訊ねてくる。
「私のどういう所が好きになったの?」
「んー、そういうの特にないな」
「ないの?」
「ああ、でも強いて言えば、一目惚れ、かな?」
「一目惚れ?」
「初めて会った時から可愛いなって思ってたよ。まあ小学1年だったし、まだ恋愛感情なんて分かんなかったけどさ。ちゃんと自覚したのは小学2年の時かな?」
「あ、いや、そうじゃなくてさ……何で沙織じゃないのかなって。出席番号順でも近いし、関わるとしたら沙織じゃない。同じ顔だし」
「でも結局、最初に会話したのは佳織だったぞ。廊下でハンカチ拾って声掛けて、っていう古いラブコメのような形でな」
「あれはわざだったのよ。じゃんけんに負けたから」
「わざとかよ!」
「でも、そのおかげで充に好きになってもらったわけだし、結果オーライだね」
「だな」
「あれ? ……ってことは、もしあれが沙織だったら、充は沙織のことを好きになってたわけ?」
「それは分からない。別に俺は佳織の顔を好きになったわけじゃないしな」
「じゃあ何が好きなのよ」
「全部かな。あ、適当に言ってんじゃないぞ、これ」
「どういうこと?」
「好きだって自覚したのは小学2年だって言っただろ。あの時、何が好きか真面目に考えたんだ。そうしたら――見つからなかった」
「見つからなかった?」
「佳織がさっき言った『どうして沙織じゃないのか』ということも考えたことがあるんだよ。だけど判らなかった」
ここで、俺はあることを告白する。
後ろめたくて、ずっと隠していたことだった。
「実はさ、俺……お前らの明確な区別がついていないんだよ」
「えっ?」
「もっと正確に言うと――『どこが違うのか明確に出来ない』ってことだ」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
佳織は俺の胸を押して少し距離を取ってくる。
「それって……沙織のことも好きだ、ってことなの……?」
「それは違う」
「え?」
「言っただろ。俺はお前の顔を好きになったわけじゃないって。だから沙織のことも好きだというわけじゃない。勿論、友達としては好きだけどな」
「じゃあさっきのはどういう意味なの?」
「俺はお前と沙織を区別することが出来る。だけど、どこが違うのかが分からない、ってことなんだ」
「……ん? よく分かんないよ」
「まあ、簡単に言えば、俺が好きだと思っている方が佳織、そうじゃないのが沙織、って見極めているってことなんだよ。多分、何か違いがあるんだろうと思うけど、俺はそれを具体的に何か分かっていないってことなんだよ」
「なんだ……そういうことなのね」
安心した様に長い息を吐く佳織。
「てっきり、私が充を好きになった理由が覆されちゃうのかと思ったよ」
「うん? ってことは、見極められることが、好きになった理由なのか?」
「そうだよ」
少しはにかみながら佳織は言う。
「私も最初は充のことを、よく話す男の子だな、くらいにしか思っていなかったけど、私と沙織を絶対に間違えないことに気が付いてから『ああ、この人はちゃんと私達を見てくれているんだな』って思って、そこから、ね」
「そうか……佳織のことをずっと見ていたのは事実だったけど、そういう意味だとズレてきちゃうな」
「ううん。実際に具体的に何が違うとか、そういうのが判っていようがどうでもいいの。大切なのは、私と沙織を――『きちんと別の人として見てくれること』なんだから」
私達ね、と佳織は少し表情を曇らせる。
「お父さんにもお母さんにも、きちんと区別してもらえていないんだ。性格とかをシャッフルしたりするのも、きちんと内面を見てほしかったから。だけど、逆に怒られちゃった。『悪戯は止めなさい』って。でもきっと本当は、判らないから、ってことが理由だったんだろうとは思うんだけどね」
「うん。だろうな」
「だからこそ、私は充が好き。だって……」
佳織は胸に手を当て、恥ずかしそうに告げる。
「この世で私達のことを区別できるのって――充だけだから」
――カチリ。
佳織の言葉の直後だった。
俺の中でパズルピースが当て嵌まるような、そんな音がした。
同時に、俺は考えずに言葉を漏らしていた。
「……ちょっと待て。俺だけ、なのか?」
「そうだよ。私と沙織を完全に区別出来たのは、生涯で充だけだよ」
「いや、違う……違うぞ」
瞬時に思考を張り巡らせる。
何に引っ掛かったのか。
どうして俺は違うと口にしているのか。
「つい最近……具体的にはここに閉じ込められてからだと思うんだが……」
「あ、もしかして、あれじゃない?」
思ったことが口から洩れていたようで、佳織が人差し指を回しながら言う。
「GMじゃない?」
「GM?」
「初日の時、私と沙織で入れ替わった時の」
「ああ……あれか」
あの時、GMはきちんと佳織と沙織を区別していた。入れ替わっていたことを見抜いたことからも、確実に見極めている。
しかし、このクラスの誰も、佳織と沙織を区別することが出来ない。出来るとしたら俺だけだろう。
「となるとGMとして一番怪しいのは俺だよな」
「でも、当然それは違うよね?」
「ああ。勿論」
蒲田や京極辺りはもしかしたら気が付いていて俺を疑ったのだろうけど、でも言わなかったってことは、あまりにもストレートすぎて可能性を消したのかもしれない。
「でも……そうしたら何でGMは私と沙織の違いが分かったんだろう?」
「分かんねえな……カメラでずっと追ってた、とかか?」
「あ、それはあるかも。最初の時も、私と沙織は自分の部屋に入れられていたし、きっと財布の中身とかで身元判別されていたのかもしれない」
「そうかもな。そういや、いつの間にかは知らないけど、最初にそれぞれの部屋に移動させられた時にも、お前らを区別しなくちゃ――」
――カチリ
まただ。
俺の中で、またしても音がした。
同時に、記憶がフラッシュバックを起こす。
そして――俺は気が付いた。
この時、この瞬間――全てのピースが揃ったということを。
「……いた」
「え?」
「もう1人いたんだよ! GM以外に――お前らを区別した奴が!」
あの時のあいつは、佳織と沙織を区別した。
偶然は有り得ない。
確信を持って、区別していた。
「あいつだったのか……あいつが、GMだったのか!」
「ちょっと、充? あいつって……?」
「あいつは……くそっ!」
俺は立ち上がる。
「どこに行くの?」
「蒲田の所だ! 蒲田にGMの正体を告げる! そうすればお前も――」
「それは、もう無理だと思うよ」
「……え?」
佳織はゆっくりと人差し指を自分の後ろの方向に向ける。
俺はその指先に釣られるように視線を移し、そして絶望した。
「もうあと1分で0時になるよ。ここから蒲田の部屋まで大広間を通らなくちゃいけないから、絶対に無理だね」
「何でだよ! 0時で終わるとは限らないだろ!」
「充も分かっているでしょ。多分、日付が変わるこの瞬間に【魔女】の呪いが発動する、って」
確かに、どのタイミングで死ぬのかを考えた際、『夜に呪う』という文言がある以上、そこしかないと思っていた。
「だけどあくまでそれは仮説で……むぐっ」
「――だからね」
俺の口を手で塞いでくる。
「もう時間がないかもしれないから、手短に言うよ」
佳織は――笑顔で告げた。
「今までありがとう。大好きだったよ」
時計の長針と短針が重なった。
同時に――佳織の身体が傾き、崩れ落ちた。
「佳織ッ!」
身体を支える。
さっきよりも少し軽かった。
まるで、魂の分が抜けたかのように。
「佳織……佳織ッ!」
声を掛けるが返事がない。
ピクリとも動かない。
――笑顔のまま。
「……っ」
俺はそこでようやく理解した。
理解させられた。
【A村】の【魔女】は、彼女を呪ったのだ。
彼女の予見通り。
彼女の望み通り。
0時という予測もあっていた。
だから。
俺が大好きだった、新山佳織は――死んだ。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
叫んだ。
佳織の亡骸を抱いて、なりふり構わず叫んだ。
目頭が熱い。
吐き気がする。
頭がぐちゃぐちゃした。
さっきまで話していた彼女が死んだ。
さっきまでそこで、俺を好きだと言ってくれていた。
なのに今は、こんなにも冷たい。
もう動かない。
これは人形じゃないのか。
そう錯覚するほど、無機質な物体と化してしまった。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
頬を濡らす。
そういえば泣いたのはいつ以来だろう。
子供の時から極端に泣かない子だった。
泣くという感情を久々に思い出した。
ああ、こんなにも。
こんなにも悲しいなんて。
すっかり忘れていた。
だから苦しい。
とても苦しい。
この喪失感をどうすればいい。
俺は誰を恨めばいい。
誰を――
「……」
誰って、決まっているじゃないか。
あいつだ。
俺達を閉じ込め、生死の掛かったゲームをさせた奴。
紛れもない悪意の塊。
「GM……ッ」
俺は歯を食いしばり、嗚咽を呑み込んで顔を上げる。
既にGMを特定している。
だから、今日の生贄に選択すればいい。
今日で終わり。
あと10時間の辛抱だ。
「待っていやがれ……必ず今日、お前を処刑者に選択させてやる……ッ!」
――しかし。
俺のその言葉が実行されることはなかった。
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